第15話 変な奴がいました 1

「なんか、朝起きたらずいぶん疲れてるんだけど……今までの疲れがたまっていたのかなあ?」


 翌日、俺はそんな独り言をつぶやきながら、いつものように宿の裏にある井戸で顔を洗っていた。今朝もいい天気だ。巨木の木漏れ日と頬を撫でる風が気持ち良い。


「あ、トーマさん、おはようございます」

「おはようございます、エルシアさん、サーナさん」


「トーマ君、おはよう。すぐに朝食準備するわね」


 ああ、今朝も『木漏れ日亭』は心地よい。


 ヘルシーな朝食を終えた俺は、今日も冒険者ギルドへ向かった。途中、広場の屋台に立ち寄って、油の滴るボアの肉串にかぶりつきながら……。育ち盛りの十一歳なんだよ。たんぱく質が必要なのだ、うん。


 口の周りをタオルで拭いた後、数人の冒険者の後ろに付いてギルドの中へ入った。

 朝の混雑の中、いつものように依頼用の掲示板を眺めていると、微かに自分の名前を呼ぶ声が聞こえてきたので辺りを見回した。


「……―マ君、トーマ君、ちょっといいかい?」

 受付のバークさんが、小さな声で一生懸命手招きしていた。


「おはようございます、バークさん。どうかしましたか?」

「おはよう、トーマ君。いや、実はね、君がDランクに昇級したことを伝えたくてね。おめでとう」

「あ、ありがとうございます。え、でも、俺まだ昇級規定は満たしてないですよ」

「うん、確かに依頼達成回数はまだ満たしてないけれどね、実力的にFランクはおかしいってギルマスからの意見で、特別推薦ということになったんだよ。ギルマスはCランクに飛び級という意見だったけど、さすがにそれは他の役員たちから反対が出てね。でも、Dランクの依頼達成回数は半分の五回でCランクに昇級できることになったよ」


 俺は驚きのあまり、しばらく呆然とバークさんのニコニコ顔を見つめていた。


「いやあ、僕も嬉しいよ。担当の冒険者が昇級したのは二か月ぶりだからね。はは……」


 あ……バークさん、俺、涙が出てきそうっす、いろんな意味で……。


「じゃあ、さっそくDランクの依頼を見てきますね」

 俺はバークさんにそう言って、再び掲示板の所へ行った。


(ふむふむ……素材集めが多いな。どれにしようか……)

『マスター、上から二段目で右から三番目のものなどいかがですか?』

(ああ、これか。ポイズンマッシュルームにしびれ草の採取ね。なんか怪しい素材だよな)

『依頼主は、錬金術師のようですね。依頼料がけっこう高いですよ』

(そうだな。よし、これにするか。錬金術にもちょっと興味あるしね)

 俺は依頼書をはぎ取ってバークさんのもとへ持っていった。

「バークさん、この依頼を受けたいんですが……」


「ああ、これね。うん、マッシュルームは毒の胞子をまき散らすから、それさえ気をつければ危険はないよ。じゃあ、受付のスタンプを押すね」

「ありがとうございます。ちなみにですが、この依頼主は怪しい人じゃないですよね?」

「ああ、アリョーシャさんか、あはは……確かに少し変わった人だけど、悪い人じゃないよ。この素材なら、たぶん手術用の〈麻酔薬〉を作るんじゃないかな」


(ほお、麻酔薬か……しかし、バークさんは物知りだな)

『はい。相当な知識を持っていますし、魔法の実力もかなりのものです』

(おお、魔法、俺に教えてくれないかな)


「分かりました。じゃあ、行ってきます」

「うん、行ってらっしゃい。気をつけるんだよ」


 ギルドを出た俺は、北の森を目指して歩き出した。

 北の森は、一筋の大河を挟んで国境に連なるカーベル山脈の麓まで続く広大な森だ。危険度ランクは川の手前と向こう側で大きく異なっている。手前の森はDランクの比較的安全な森だが、向こう側はBランク、さらに山脈の手前からはAランクに指定されている危険な森だ。

 この国と山脈を挟んで国境を接しているのは、ローダス王国とゴール皇国だ。どちらもアウグスト王国より武力に重きを置いた大国だ。しかし、アウグスト王国が建国以来、どちらの国からも攻め込まれなかったのは、まさにカーベル山脈という自然の城壁のお陰だった。この山脈には、ドラゴンの王国があるという伝説があり、ここを軍で超えるのは不可能なのだ。もちろん、外交的な努力も行われているだろうが、お陰でこの国は、種族の違いによる差別も少なく、長い年月平和を享受しているのである。


 ♢♢♢


 北門を出て二十分ほど歩き、森の入り口に着いた。


(なあ、ナビ、いきなり俺の〈索敵〉にとんでもない奴がかかっているんだが……この森ってDランクのはずだよな?)

『はい、Dランクで間違いありません。これは、明らかにイレギュラーな何か、ですね。普通の魔力とも少し違うようですし……』

 ナビも明らかに戸惑っている感じだ。


 森の手前で、俺たちは異様な感じの魔力を感じていた。森に近づくとさらにその気配が強くなった。


『あの大きな木の根元ですね。洞の中に身を潜めているようです』

(ああ……でも、あの洞の入り口は小さいぞ? でかい魔物は入れないんじゃないか?)

『マスター、強い魔物が必ずしも大きいとは限りません。十分注意を』

(うん、分かった。裏から回り込もう)


 俺は気配をなるべく消したまま、巨木の裏へ移動した。そして、ゆっくりと木に近づいていく。まだ、そいつは動く気配はない。

 俺は内心どきどきしながら、そっと木の幹に耳を押し当てた。


『これは……呼吸が荒いですね。しかもかなり弱いです。マスター、もしかすると中の何者かはケガをして死にかかっているのかもしれません』


 俺はごくりと唾を飲み込むと、意を決して反対側へ移動し、洞の中を覗き込んだ。

薄暗い洞の中に、その不思議な生き物はぐったりと横たわっていた。


(き、狐? いや、ウサギか?)


 そいつは真っ白な毛に覆われ、中型の犬くらいの大きさだった。何より特徴的なのは、その大きく長い耳だった。それだけを見ればウサギのようだが、尻尾は狐のように長くてフワフワだった。

 ただ、そいつの体には鋭い爪で引っかかれたような傷があり、血が流れて白い体を赤く染めていた。呼吸はしていたが、小刻みで弱々しく、命の炎はもう消えかかっているように見えた。


(う~ん……助けてやりたいけど、狂暴な奴だったら困るしなあ。どうしたもんか……)


『そう言いながら、もう心は決まっているのでしょう、マスター?』


(だから、心を読むのはやめろよ、ったく……)

 俺はため息を吐きながら、麻袋の中から木製のケースを取り出し、ふたを開けて回復ポーションと毒消しポーションを一本ずつ取り出した。野営用の金属カップに二つのポーションを注ぎ、ゆっくり混ぜながら〈調合〉のスキルを発動する。


『お見事です、マスター。混ぜる前より上質なポーションになりました』

(おお、本当だ。やってみるもんだな)


***

【ハイポーション】 Rnk B+

 外傷の治癒率 100%  部位欠損の復元率 45%

 解毒率 100%  呪いの解除率 20%


 鑑定でポーションの効能に満足した俺は、洞の中に潜り込んで、カップの中の液体をそいつの傷口を中心に体全体に注いでいった。そいつの体がピクッっと動いたときには、思わず悲鳴を上げそうになった。


 急いで洞から出て、少し離れた所から様子をうかがう。


『呼吸が安定してきました。命の危機は脱したようです。ただ、出血がかなり多かったので、まだ回復するには時間が掛かるでしょう』


(そうか……しかし、どうしたものかな……)

 俺はとりあえず、昼食用に買っていたパンと干し肉、ポムというリンゴに似た果実を洞の入り口に置いて、様子を見ることにした。


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