第14話 珍しく愚痴吐いちゃいました

 俺は、ルードさんたちと一緒にいったん街に帰った。

 今日のオークの集団の様子から、もしかすると森の奥に、オークの村ができている可能性があった。それはすなわち、オークの群れを率いる個体が生まれたということだ。もしその個体が、オークジェネラルかオークキングだったらAランク以上の脅威となる。または、変異種という可能性もある。いずれにしろ、討伐隊を組んで処理しなければならない案件だ。


そのことを報告するために、冒険者ギルドに向かうことになった。


「あのう……やっぱり、俺、まだ今日の薬草採取のノルマが終わってないので、森に帰りますね」

 俺はルードさんたちにそう言って、こっそり抜けようとした。


「??…… 何を言っているんだ? 今日の稼ぎなら、ゴブリンとオークの魔石に討伐報酬もあるんだ、十分だろう?」

 ルードさんの言葉に他の九人の人たちも、頷きながら怪訝な表情で俺を見つめていた。


「い、いや、それはどうか皆さんたちで分けてください。Fランクの子供が、オークやゴブリンを倒したなんて、どうせ信じてもらえないし、また面倒な事になりますから……」


 俺の言葉に、ルードさんたちははっとしたように顔を見合わせた。

「トーマ、やっぱりお前だったんだな? 五日前のギャランとの決闘騒ぎ。あいにく俺たちは商人の護衛で三日前に帰って来て、その場にはいなかったんだが……。話は聞いたよ。ひでえよな、俺も聞いて腹が立ったぜ。だがよ、お前が潔白を証明するために決闘を申し込んだって聞いて、思わず熱くなっちまったぜ。それでこそ男だってな」


 ルードさんはなぜか涙まで浮かべて、俺の肩を両手で痛いくらいに叩いた。

「だったらよ、なおさら堂々としてればいいんだよ。お前は強い。それはここにいる皆が証明してやる。なあ、皆!」

「おうよ、馬鹿にする奴はぶっ飛ばしてやるぜ」

「そうよ、何も遠慮することなんてないわ。あたしたちが味方だからね」

 次々に俺の周囲に集まって、励ましてくれる人たち……。


『マスター、ここまで計算したのですか? 腹黒い策士ですね』


(い、いや、まあ、少しは計算したよ。だが、ここまで効果があるなんて……)


 俺は少し後ろめたい思いに苦笑しつつ、優しいお兄さんお姉さんたちに囲まれて、ギルドの中に入っていったのだった。


♢♢♢


「はあ……」

 『木漏れ日亭』に帰って部屋のベッドに寝転んだ俺は、思わずため息を吐いていた。体の疲れもあったが、精神的な疲れが知らないうちに溜まっていたようだ。

 あ、ちなみに、俺はこの宿が気に入ったので、さらに一週間の延泊契約をしている。


『珍しくお疲れのようですね、マスター?』


(ああ……なんだかなあ、調子が狂うっていうか……慣れてないんだよ、家族以外に優しくされるのは……村を出るとき、ここから先は、絶対に他人を信用しないって、心に誓っていたからな)


『なるほど。でも、その心構えは大切ですし、変える必要は無いと思います。ただ、本当に信頼できる人間に出会ったら、心を開いても良いのではないですか?』


(そこだよ、難しいのは。本当に信頼できるかどうか、どうやったら確かめられる? 相手の心の中なんて、分かるわけない。それとも、確める方法があるのか?)


『いいえ、残念ながらありません。それを確かめるには、長年付き合ってデータを積み重ねるしかありません。それでも百パーセント信頼できるとは言えません。なぜなら、人間の心は常に変化するからです。ですから、最も現実的な方法は、一定のリスク対策を講じながらある程度信用して付き合っていく、ということですね』


(……やっぱ、お前すげえな。最新のAIって、こんな感じなのかな……日本も、もう遠い記憶の彼方の幻なんだなあ……それでも、俺はこうしてこの世界で生きている……はあ……気を張り詰めて生きていくのは辛いな……でも、今はまだ弱いから、精一杯用心して生きないといけない。うん、強くなればいいんだ。とりあえず頑張るしかないか……)


 あれこれ考えながら、俺はいつの間にか眠っていた。そして夢を見ていた。


 薄暗い夕暮れのようなセピア色の風景の中を、俺は歩いていた。それは懐かしい前世の、子供の頃によく遊んでいた場所だった。

 神社の境内、小川の土手、稲穂が揺れる田んぼのあぜ道……そして、俺の傍らには一人の少年がいた。前世の人生で唯一心から信頼できた幼なじみ、Nだ。Nとのたくさんの思い出は、今でも宝石のようにキラキラ輝いて甦ってくる。


 だが、それも小学校を卒業するまでだった。中学になると、Nは自然に俺から離れていった。というのも、Nは運動系の部活に入り、俺は部活には入らなかったからだ。Nには一緒に入ろうと誘われたが、もともと運動が苦手だった俺はそれを断った。

 やがて、Nの生活は部活中心となり、友達も部活の仲間になっていった。別にケンカ別れをしたわけではなかったが、俺はあえてNを追いかけなかった。子供心に、女々しいことはするな、っていう変なプライドがあったように思う。


 一つだった俺たちの道は、そこから二つに分かれ、そして永遠に元の戻ることはなかった。

 別々の高校へ進学し、別々の大学に進学した。俺もNも故郷から離れてそれぞれの人生を進んだ。一度だけ、中学の同窓会で十年ぶりくらいにNと再会したことがあった。ごく自然に話をし、懐かしい思い出に盛り上がった。だが、それだけだ。次の日には別々の場所で、お互いの仕事に集中していた。


 それからNに会うことはなかった。まあ、俺が死んだのだから当たり前の話だが……。人と人とのつながりというのは、その程度のものさ。


 えっ? 恋はしなかったのかって? もちろんしたさ。まあ、詳しく話すつもりはないけど、自分を見失うくらいに夢中になった相手もいるし、割と冷静な気持ちで付き合った相手も二人くらいいる。ただ、いずれも長続きはしなかった。


 俺に魅力が足りなかった? ああ、まさにその通りだ。付き合った女性たちは、皆、俺より好きな相手ができたという理由で去って行ったよ。はい、振られたんです。全敗です。

 まあ、仕方がないことだ。俺はヤンキー的な要素は持ってないし、イケメンでもない。身長も平均的だったし、金や名誉などのステータスも無かった。女性にとって、この人の子どもを産みたいと思えるような、性的な魅力、アドバンテージが無かった、ということさ。

 

「優しくて真面目」、よく女性から言われたよ。でも、それは、女性にとって「安全で居心地がいい」ってだけで、男としての魅力じゃないんだよな。


 愛とはそんなものじゃない? 心と心のつながりが大事だって? 甘いね。


 女性は必死に計算しているんですよ。それが往々にして間違っていて、転落する女性も多いけどね。自分の子宮にどんな男の種を宿すか、それは女性にとって生きる上での最大の課題なんだから、必死にもなるさ。

 で、一番引っ掛かりやすいのが、「強さ」だね。だって、人間以外の動物の世界を見れば分かるだろう? たくさんのメスを従えているハーレムのオスは、暴力的に強いオスだ。人間も突き詰めれば動物だ。だから、人間の女性も強い男に弱い。力づくで迫られると、つい落ちちゃうってわけだ。「強さ」には当然「性的な能力」も含まれる。まあ、これ以上はR規定に引っ掛かるからやめておくが、ご想像通りのことだと言っておこう。

 次が、「外見」だね。そりゃあ、自分の子どもなら、イケメンや美人がいいだろう? 一緒に暮らすにも、毎日不細工な夫の顔を見るより、イケメンの顔を見る方が幸せだよ。

 その次が「ステータス」だろう。金があれば、少々の不満は我慢できる、高い能力を持っているなら、性格に少々難があっても合わせていける、という女性だ。この「ステータス」で男を選ぶ女性は、それまでにかなり経験を積んでいると考えていい。たとえ若い子でもね。


 と、まあ、何か話がかなりずれてしまったが、俺が今のような性格になった理由は理解してもらえただろう。

 反論、批判どんと来い。まあ、女性からは批難ごうごうだろうね。でも、いつでも論破する自信はあるぜ。特に、「愛とは心のつながりだ」なんて言っている女性よ、心して聞きなよ。

 俺は、決して「心のつながり」を否定するものではないよ。でも、それを貫くには相当の覚悟がいるよ。本当にその人だけを一生愛せるの? あなたからの一方通行じゃなく、彼もそう思っているの? たとえ一方通行で見返りが無くても我慢できるの?

 うん、それならもう何も言わない。ただ覚えておいて欲しい。「自己満足は本当の愛ではない」ということを。

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