花鳥風月めをと遊戯

羽倉せい

序章 はじまりのはじまり

 むかしむかし、あるところに、美しい村娘がおりました。

 それは、梅の花の咲いたころ。

 若き領主が娘を見初め、屋敷に連れていきました。娘もすぐに美丈夫な領主を好きになり、二人は仲睦まじく暮らしました。

 領主は出会った記念にと、紅白梅こうはくばい柄の着物を娘に贈りました。娘もこれを気に入って、梅の季節が過ぎても身にまといました。

 一年二年と一緒に暮らし、懐妊した娘のお腹が少しふくらみはじめたとき、領主は江戸に呼ばれました。領主は娘に留守を頼み、屋敷を離れたのでした。けれど、待てど暮せど領主は戻らず、娘のお腹は大きくなるばかり。

 きっとお仕事がお忙しいのでしょう。お身体を壊されてなければよいけれど。

 娘は領主をひたすら思い、待って待って待ち焦がれました。

 やがて、領主が戻ります。けれど、なぜか若い娘を連れていました。

 人形のように愛らしく、大輪の牡丹をあしらったきらびやかな着物姿は、娘の目にも神々しく映りました。

 荷車にのせた豪奢な道具類を、使用人らが屋敷に運び入れていきます。

 とうに季節を過ぎた柄の着物をまとう娘は戸惑い、領主に訊ねました。


 ――その御方は?


 領主は答えます。


 ――立派な御方のご息女で、私の妻だ。数日後に祝宴を開く。おまえには妻の世話を頼みたい。


 あまりのことに、身重の娘は領主に詰め寄りました。


 ――それじゃあ、あたしは?

 

 領主は娘を蔑みます。


 ――そもそもおまえは、ただの使用人であろう。

 ――それじゃあ、あたしのお腹の子は?


 領主は冷たく吐き捨てました。


 ――知らぬ。


 その場にへたり込んだ娘を無視し、領主は妻を連れて屋敷に入ってしまいました。

 父なき赤子を宿した娘には、帰る場所などありません。そうかといって、屋敷に居座れるほどの図太さもありませんでした。

 娘はお腹の子とともに、行くあてのないまま山へと向かいました。そうして歩き、歩き、歩いた果て、足を滑らせて深い穴蔵に落ちました。

 そこでは何千何万という蟲や蛇がうごめいており、あれよという間に娘の身体をおおっていきました。


 ――おまえさまを、絶対に幸せになどするものか。

 ――おまえさまの一族もろとも断絶するまで、呪ってやる!


 遠い頭上の穴の先、闇夜の三日月はまるで氷の刃のよう。

 娘は蟲や蛇に喰われながら、その刃に誓います。


 ――呪ってやる呪ってやる呪ってやる――呪ってやる!


 何日も、何週間も、何ヶ月もかけて、娘も子どもも、ほかの蟲も、一匹の蛇が喰らいつくしました。

 やがて喰らうものがなくなって、蛇はその穴蔵をやすやすとあとにします。


 そして。

 呪うべき相手の屋敷を目指し、ゆっくりと山をおりたのでした。

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