2、キス?いや、くちづけ!!

その次の日から、私は英語のリーダーの担当である珂玖弥先生(下の名前で呼びたい)の授業が、楽しみでならなかった。


登校中、私は例のスクランブル交差点で、また赤に引っかかった。この信号は、とてつもなく長い。青信号になっても、ある程度、人がいるから、青も長い。…でも、は、今思えば、本当に一瞬にしか感じなかった。


ただただ、強烈に気持ちの良いまったりとしたくちづけの記憶が、私の脳裏から離れない。あのくちづけが欲しい。熱い熱いあのくちづけが…。


私が、と呼んでいないことに、お気づきだろうか?分からなくても、仕方ない。あの強烈なくちづけを受けたら、なんて、軽い表現で満足できるわけがない。パルメザンチーズとカルボナーラくらいの違いはある。


(今日も…会えたりしないかな…?)


私は、昨日と同じ時間にこのスクランブル交差点に現れてみた。でも、あのロングの髪、8センチのピンヒール、スラッとしたパンツスーツ、大きなトートバッグ…。どこをどう見渡しても、見当たらない。これ以上周りをキョロキョロしたら、絶対怪しまれる…そう思った私は、珂玖弥先生を見つけることを諦めた。そして、ピタッと頭も体も視線も神経すらも信号に集中した瞬間、私のポニーテールが、思いっきり後ろから引っ張られた。


「イッ!!」


何が起きたかと思った。痴漢の類だろうか?それとも、入学2日目でもういじめ?もしかして、昨日の先生とのくちづけがもうバレた!?頭をハイスピードで、色々な可能性を探す。すると、


「よく我慢した。偉いぞ、莉子」


「か!」


「し!」


そう言うと、珂玖弥先生は、私の手を引っ張って、路地裏へ入って行った。そして、待ちに待った、あのくちづけを私のくちびるにしてくれたのだ。2回目なのに分かる。珂玖弥先生のくちづけの癖。最初は、もうこってり濃厚なフレンチ・キスでお尻がキュッってなるくらいエッチなくちづけをするのに、しばらくすると、ちょっと遊びましょうか?みたいに、くちびるだけを舐め回す。しかし、今日は、昨日とはまた違った。その舌を、私の首元に這わせ、軽いキスを入れてくる。私は、思わず声が出そうになった。


「あ…」


つい、出てしまった。声が。しかも、そうとうエロイ声だ。自分がこんな声を出すのだと、もう恥ずかしくて仕方なかった。


「…可愛いいね、莉子。じゃあ、学校でね」


「あ、先生!って…なんですか?」


熱った頬に、先生の熱の残るくちびる、首筋は舐められたせいで、少し光っている。


「私を探していただろう?でも、それを諦めた。私は、望むやつをじりじり望ませるのがすきでな。まぁ、性癖と言うやつだ。一旦私を諦めた女を天国にいざなうのが私は大好物でな。キョロキョロして、可愛かったぞ。莉子。だが、余りに私を求めるな」


「ど…どうして…ですか…?」


私は、先生にフラれたのだと思った。もう、明日からはくちづけは期待するな、と言われたのかと…。


「可愛くて、食べたくなる」


「!!」


そう言って、去って行く先生の後ろ姿は、私と同じポニーテール。8センチのピンヒールは変わらず、今日はスーツではなく、カジュアルなジャケットに、ロングスカートだった。これでは、先生を見つけるのは不可能だったことに私は今更気付いた。


只々、私の心臓は高鳴ったまま、信号を渡ってゆく先生の後を追うことがどうしてもできずに、次の青信号まで待つことにした。でないと、くちづけの気持ちよさに、クラクラして、多分、速攻失当するだろう。どうして、先生はあんなくちづけをして平気にカツカツとピンヒールで格好よく歩けてしまうのか…。


「……私が……下手……だから?」


ポロッと、変な言葉が口をついた。こんな風に、ドキドキしているのも、気持ちよくなっているのも、もう変になってしまいそうなのも、私だけなのではないか…。私は、そんな感覚に陥った。


裏路地で、そぉっとくちびるに指をあて、先生を想いうかべる。


「先生…だいすき…」


それだけ呟くと同時に、信号が青に変わった。さすがに、始業時間に間に合わない。先生の、永い永い、カルボナーラのような濃厚で、スピリチュアルなくちづけで、どれくらいぼーっとしていたのか、その時気付いた。信号は、5回、変わっていたのだ―――…。





「だから、この関係代名詞は…」


高校ここは、結構な進学校で、みんながり勉が多いかと思いきや、授業をちゃんと聞いてない生徒も中にはいるものだ。まぁ、机の下で漫画を読んだり、スマホをいじるくらいだが…。そんな中、携帯の着信音が鳴った。教室中、緊張が走る。


「今の、誰?」


珂玖弥先生が、怖い声で主を探した。


「……す、すみません…。電源、切って置くの、忘れちゃって…すみません…」


それは、長屋遷都ながやせんとと言う男子生徒だった。長屋は、静かに席を立ち、深々と頭を下げた。


「次、同じことがあったら、あんたの彼女、もしくはすきな子にキスするよ?自分の女犯されたくなかったら、ルールは守んな!!」


どすの利いた怒鳴り声とはかけ離れた脅し文句に、教室中が固まった。


「せんせって、そっち系?」


空気の読めない…いや、我慢ならなかったらしく、一人の男子が、呟いた。


「何?樋村ひむら、あんた、私にして欲しいの?」


「「「「えぇ!?」」」」


急に、色っぽい顔をして、長いまつげを携えた大きな瞳を薄くしながら、口角をアヒル口にして、艶々のグロスで彩られたくちびるで、先生はそう言った。


教室がどよめく。慌てて椅子から立ち上がろうとして、太ももをぶつける生徒。一番後ろの席で、椅子を斜めにしていて、驚きのあまり、後ろに完全にぶっ倒れてしま生徒。思わず手にしていた漫画を落とす生徒……等々…。そして、教室は、一時、静寂に包まれた。




「私からしたらみんな可愛い生徒よ。そんくらい覚悟して真面目に授業聞けって言ってんの!分かった?」




「「「「「………はーい………」」」」」




私は、言いたかった。


『みんな、真面目に授業受けて!!珂玖弥先生を私のものだけにしておくために!!』


…と…。


その視線を、ビームのように珂玖弥先生に無意識に向けていた。すると、珂玖弥先生が、…気のせいかも知れないけど、私だけに向かって、微笑んだ気がした―――…。

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