恋心、隠してなんぼ。

1、ファースト・キス

「あんた、可愛いね」


そう言うと、見知らぬ女の人が、街のど真ん中で、しかも、スクランブル交差点が青になった瞬間に、ゾロゾロ人があふれ出た瞬間に、なんの躊躇いもなく、なんの恥ずかしげもなく、周りの人の関心などまるで気にせず、突然、私にをしてきた。


「!!??」


私は、驚きのあまり、動けなくなり、なされるがまま、されど、気持ちが良くなるほどのフレンチ・キスを、十数秒間、信号が再び赤になる直前まで堪能させられた。そして、その信号が変わる瞬間を狙っていたのか、渡っている人が小走りになっている最中、その女の人も小走りで、信号を渡って行ってしまった…。


「…な、なに?今の…」


ぼーぜんと、立ち竦む私に、熱い視線が向けられていることに気が付いたのは、その女の人が完全に姿を消した後だった。私だけが、辱めを受けているようで、何とも居心地が悪かった。けれど…。


しばらく、あのキスの気持ちよさが残ったまま、私は高校へ向かった。今日は、入学式なのだ。その入学式で、私は、またしても衝撃を受ける。


なんと、クラスに入って来た担任が、女の人だったのだ。


(うそ!?)


私は、もう汗だく。だって、先生と、キスしちゃった!男女、関係ないかな?女だったらセーフ?問題にならないと良いけど…。


もう頭の中はぐしゃぐしゃ。でも、先生は、あの、女の人は、全然私を見ない。あんなの…しょっちゅうしてるのかな?って…。


そう思った時、酷い差別心が私の中にあることを、私は感じた。


「管野珂玖弥です。今日から、皆さんの担任になります。よろしく」


よくよく落ち着いて見ると、ロングの髪の毛は奇麗だし、目元もきりっとしてて、『あんた可愛いね』と言って来た口調の格好良さと、何だか妙にマッチしている。しばらくして、私の記憶が段々鮮明になってきた。あの時、管野先生は、8センチくらいのピンヒールを履いて、パンツスーツに、大きなトートバッグ。何を聴いていたのか、イヤホンをしていた。


(あんな高いピンヒール…私履けない…。あんなにスラッとした体形じゃないから、パンツスーツなんて似合わない…。大きなトートバッグも、大人っぽかったな…。音楽…何聴いてたんだろう?)


私は、管野先生のすべてが気になり始めていた。


あの時の、フレンチ・キスは、ファースト・キスだった。でも、先生ならよかったかも…なんて、思ってしまう自分がいた。私が、今まですきになって来た人は、みんな男の人。


でも、確かに、明確に、確実に、私は、管野先生に惹かれていた―――…。


ホームルームが終わると、私は、慌てて管野先生の元に駆け寄った。


「せ、先生!あの!」


「………」


管野先生は、もの凄い目力で、私を睨んだ…。


(や…やっぱり…触れちゃいけないことだったのかな…)


私は、話しかけたことを一瞬で後悔した。しかし、教室から生徒達がみんな立ち去り、がらんとした教室に、私と管野先生が2人きりになった。


心臓が、突然、ドキドキドキドキ暴れ出した。こんな大きな音がしていたら、管野先生に聴こえてしまう。聴こえてしまったら、私が、何をか、ばれてしまいそうで、もうその場を立ち去ることにした。


「す、すみません…。何でもありません。これから、よろしくお願いします。それじゃあ、さようなら…」


回れ右をした瞬間だった。腕に強烈な痛みを感じた。そして、が再び、私のくちびるを捉えた。


舐め回すような舌の動き。たまに舌を引っ込めて、くちびるだけの遊び。緩やかを、激しくを、繰り返しながら、朝、味わった時間の倍はキスをしたと思う。


私は、まるで夢の中にいるみたいな気分になった。とろけて、気持ちよくて、とってもエロくて…。


そして、管野先生がスッと顎を上に滑らせ、キスを終わらせた。


「あなた…名前は?」


「あ、安達莉子あだちりこ…です」


「名前も可愛いわね。あなた、初めてでしょ?」


「へ!?」


私は、胸が高鳴った。初めて…そうだよ、初めて。それを、奪ったのは、すきになった男の子じゃない。彼氏でもない。どこぞの誰かも知らない、女の人だった。そして、2回目のキスも、同じ、女の人。


ファースト・キスを奪われた後悔や、恨みは、不思議と何処にもなかった。それより、何だか嬉しくて、トキメイたんだ。この人に、総てを捧げたい…そんな想いでいっぱいになった。


すき…になってしまった。人生、初。ガールズラブだ。まさか、自分が女の人を好きなるなんて、思ってなかった。私は、なんの偽りもなく、ノーマルだと思っていたから。先にも話したけど、少し、差別心もあった。でも…。


管野先生をすきになって、私は、初めて、恋がこんなにドキドキする物なんだって、知ったんだ…。今まで、すきなになった誰より、管野先生は魅力的だった。キスも、初めてが先生で良かったと思った。



すき…になってしまった。



頬が熱い。きっと赤い。キスがあまりに気持ちよくて、終わった後、もう一度、して欲しかった…。ううん。何度も…何度でも…。



「そんな顔、するんじゃないよ。恋は、隠してなんぼ。私の可愛い莉子。あなたはこれから私のキスで大人になるのよ。でも、私をすきになったことは、隠し通しなさい。毎日、上手に私に普通に接することが出来たら、キス、してあげる。愛情たーっぷりのキスをね」


「は、はい!」


「あんた、本当に可愛い」


そう言うと、莉子のほっぺに濃厚なキスとは違う、可愛いをして、足元はスリッパなのに、何とも格好よく、教室を出て行った。

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