第165話 狐森コンのどきどきホラゲー配信②
「さ~てコンちゃん、今日は何のゲームをやるのかナ?」
「ムカつくコンね……」
いつまでもだらだらと雑談が続いてしまいそうだったので、ひとまず今回やるホラゲーを紹介する流れへと持ち込んだ。ちなみに、先ほどから若干ニヤニヤとしている私をコンちゃんはジロリと睨んでいる。その蔑むような目はドッキリのネタばらし以来だ。なんだか懐かしい気分。
「まあ良いコン。あのね、今日やろうと思って持ってきたのはこの『恐怖の林』っていうやつだコン」
そうして画面一杯に映る“恐怖の林”という文字列。蝉の音だかなんだか分からないサウンドが配信に響き渡っている。
「うわ、懐かし。そういえば最近新作出たらしいね」
「そうそう、だからちょうど良いかなって持ってきたの。……コン」
この恐怖の林というゲーム、一昔前に大バズりしたホラゲーで、真夏の真夜中の林を敵キャラである顔面白玉に捕まらないようにしながら脱出するという内容だ。白玉が近くにいるときのあの独特な音楽を脳内に再生出来る人も多いだろう。
コンちゃん曰く、その恐怖の林の新作が出たと言うことを耳にしていたのだが、それが前作より怖かったそうなのでとりあえず初期の奴をやろうと選んだそうな。
「うん、本当にやりたくない」
「コンちゃん、罰ゲームなんだからやらないとぉ~~~」
「下手くそビブラートやめれ。まあ仕方ない。いつ漏らしても大丈夫なように足下にペットボトル置いておくコン……」
「……漏らしても良いがこっちに飛ばすなよ」
「漏らさないわ!!」
そう叫ぶ彼女の周りには普通に机の上にお茶の入ったペットボトルが置かれているだけで、足下には置かれていない。あんまり飲むとチビるぞ~。
何度か深呼吸をした後、心を無にしたのかやる気のなさそうな表情の彼女は、ひとまずマウスを動かした。
「あい、じゃあゲームスタート」
「スタ~~ティン♪」
ゲームスタートのボタンを片方は感情のこもっていない声でクリック、片方は今にでも踊り出しそうな愉快な声色でそれを支える(?)と、ホーム画面から変わった画面上には一台のバイク。
あたりは林で、一面真っ暗である。
「コンは狐だから林は得意分野だコン」
「ほら、左上の文字を読みなさい」
マウスを持つ手がぷるぷるしているが、なんとか自己暗示をかけているらしい彼女をひとまず目の前にあるバイクの元まで促す。
バイクの近くによると、左上に4列の文字が表示された。
「オイルがない、ガソリンもない、スパークプラグ……なんじゃそら。……もない。タイヤがパンク!」
「捨てろやそんな産業廃棄物」
「そーだそーだ。コンは歩いて帰ります!」
そう言いながらひとまず通りに沿って歩いて行くコンちゃん。片側一車線道路の左右どちらにも林が広がっていて、右側にはガードレールもある道だ。確かにこの道を歩いて行けばいずれ町に出そうだが……。
まあそんな単純な話ではないわけで。
「あれ、なんか音がするコンね……」
しばらく歩いた我々の耳に届く独特なメロディーライン。その音が聞こえてくる方へ視点を動かすと、そこには顔面白玉が……!
「あ”あ”あ”ッ!! ヨシコぉぉぉお!」
顔面白玉こと、敵モブのヨシコちゃんがガードレールに引っかかりながらこちらを凝視していた。
「帰れクチビルッ」
「……コンちゃんあれ唇じゃなくて血だらけの歯だよ」
「知らないっ!」
ひとまず道なりに歩こうと猛ダッシュで道路を行く。いつの間にかガードレールを突破していたヨシコがその後を追う。後ろを付いてきている音が聞こえてくるがなんとか追いつかれなさそうだ。
「はっは~、このヴァーチャル世界のウサインボ○トと名高いコンに付いてこれるかなぁ?」
そう一向に追いつく気配のないヨシコを背に余裕を見せるコンちゃん。分かれ道のない一直線の道路を進む。
ただ、私は知っている。この道を進んだ先に何が待っているのかを。そして、
一直線であったはずの道路を塞ぐようにして突如現れたフェンスでできた物置のような建物。その左側にある小さな道へと進んだコンちゃんを出迎えるのは開けることのできないフェンスでできた扉。
私は見逃さなかった。彼女の表情が一瞬緩んだことを。
きっとコンちゃんはこのフェンスでできた扉を開けてすぐ閉めることによってヨシコを撒けると思ったのだろう。ただ、現実はそこまで甘くはない。
扉のすぐそばまで寄った彼女はひたすらにキーボードやらマウスやら、片っ端からボタンをクリック。
「ん、空かないよ"ッ?!」
「んぐッ」(笑)
言葉の尻に向かうほど濁点の付く独特な悲鳴。画面酔いしそうなほど勢いよく暴れ回る視点。思わずちょうど口に含んでいたペットボトルのお茶を吹き出しそうになったがなんとか抑える。
そんな最中、ドンドンと近づいてくるヨシコ。例の音楽はドンドンと大きくなっていく。どのボタンを押しても扉は開かない。
そして私達は振り返る。コンちゃんが入ってしまった細い行き止まりの道へと等速直線運動維持しながら向かってくる彼女を、我々はじっと眺めることしかできなかった――。
「ぃいやぁあっ、来ないでっ」
でっ、の部分で思わず裏返ってしまったコンちゃん、何か癖にグッとくるものがあるが、これまた抑える。一度配信アプリの画面から目を離してリアルな彼女を見ると、若干目に涙を浮かべながら全身をぷるぷると震わせていた。
ヨシコと衝突するまであと少し。
「きゃぁあっ――」
そう憐れな悲鳴を上げ、意味もなく両腕を顔の前に持ってきたコンちゃんの目の前のモニターに広がっているのは、GAME OVERという無慈悲な文言。コンちゃんは死んでしまった。
「……む、むりぃ」
ゲーミングチェアの背もたれにだらりともたれかかり目に涙を浮かべながらこちらを見てくるコンちゃん。もうやめても良いかと無言で訴えてくるが、ここで止めないために私がいるのだ。
「じゃあ、あのバイクを修理しよっか」
コンちゃんの罰ゲームはまだ終わらない。
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