第159話 1周年記念配信⑬

「やっと私かい」

『ふふっ、そうだね』


 ヘッドホンから我が相棒の穏やかな声が聞こえてくる。私にとって一種の安らぎを与えるその声は先ほどまでのトーンとは異なり、彼女もまた安心を感じているようなものであった。

 長い長いメンバーたちとの対話を終え、順番は私。すでに配信に映っていない私は、彼女の雄志がよく見えるように部屋の電気を暗くしている。

 そんないつも通りの部屋からいつも通りの景色で、そしていつも通りのマイクを使って彼女に語りかける今、私の心はびっくりするほど穏やかだ。


「もう少しおどおどするかなって思ったけど、……現実味がないのかな」

『これが夢なら覚めないで欲しいね』

「全くその通りだね」


 先ほどまでどれだけ手を伸ばしたところで画面の中から出てくることのなかった彼女の存在が、これほど近くに感じられる。


『でも夢じゃないよ。ここが私たちの到着点であって、また新たなスタートラインでもある』

「あーあ、またあの忙しい生活に逆戻りかよ」

『別に戻ってはないよ。いつも通りなだけだね』

「いつの間にかこの生活がいつも通りだもんね。あれだけ裏方だ~って言ってたのに、バカみたいじゃん、私」

『でも楽しいでしょ?』

「そりゃあね」


 自然と出てきたその一言は、一年前ではあり得ないものだと思う。もちろん一年前の生活も楽しくて充実しているものではあったけれど、今と違うところとしてあのときの私は裏方にこだわっていたということがある。

 今思うと何でだろうって感じだけど、当時はそうすることでしか彼女の背中を追えなかったのかなぁって思う。香織という相棒を支えるために、彼女が配信活動に集中出来るように、そして私自身が彼女との“差”で劣等感を抱かないためにも、彼女とは違う立場で共に同じ場所を目指す必要がある。そう考えていたのだろう。アホらしい。

 たったの一年前なのになんだか遠く昔のよう。

 今思えば私は私で、香織は香織で、他人と違うところがあったとしてもそれが劣等感を抱く要因にはならないし、ある高身長の人がその身長にコンプレックスを抱くように、むしろその差こそ他人にとってうらやましくて仕方がないものである可能性だってある。

 これはいろいろなVTuberを支えて、共に配信をしていく中で分かった一つの結論。他人と自分を比べるのではなく、少し先の自分がどれだけ成長しているか。そこを目指して進むことが必要だ。

 そうして今ではこのVTuberでありながら裏方でもあるという不思議な状態が、最も自分にとって成長出来るものであると確信している。



コメント

:なんかエモいな

:緩急凄いなこの配信

:やっぱ尊い

:理想の関係だよな

:いろいろ思うところがあるんだろう

:壁になって見守りたい…



「……ちょっと語っても良い?」

『いいよ』

「……私さ、普段からつぼみの配信ってやっぱり見てるのよ。それはマネージャーと言うこともあるし、私にとっての大切な相方だからって言うのもある。

 コラボをするとき、その場に私もいて一緒に同じ配信に出ていることも少なくないわけじゃん。もちろんここ最近は別々の所にいたからそれぞれでコラボって言うのもあったけどさ、普段は同じ家にいて、同じ空間を共にしているわけだ。

 変なことを言うかもしれないけど、桜木つぼみは私でもある。ずっとそんな感覚が心の中にあって、画面越しに桜木つぼみが動いたり、話したりしているのを見ても私は客観的な、純粋な気持ちで見ることができなかった」


 心の中の感情が漏れ出ていくように、とどまることなく言葉が出てくる。確実な本心で、彼女と共有したい思いだ。

 今となってこの茶葉という新たな体があって、それでいて同じ配信で、同じ画面に映ることも増えた。そのときはやっぱり香織と配信をしている。そんな感覚だった。

 でも、たとえそれが隣の部屋であったとしても、1枚の壁を挟み、モニターから映し出される“桜木つぼみ”を見たとき、私はそれを完全な香織としては認識ができていなかった。

 桜木つぼみは私の分身の一つ。だからこそどうも彼女が置かれる状況を自分のことのように考えてしまっていた。もちろんそれが悪いことではないし、感情を移せるというのは利点でもあった。ただ、必ずしもそれによって見ている配信が面白くなるかと言われると、それはNoだった。


「今日の3Dお披露目配信はマネージャーとしての仕事もなく、トラブルのせいだけど出演しているわけでもなく。本当に“桜木つぼみ”がこの世に生まれてから初めて、純粋にリスナーとして、ファンとしての気持ちで見れたと思う。

 それは私がそこに“行けなかった”から、現実に引き戻されたから。そんな気はしている。

 もちろん私の管理不足でいまその場に共にいれなかったこと、3Dデビューという重要な転換点を同じ場所で迎えることができなかったことはいくら悔やんでも悔やみきれないこと。

 でもね、それでも、今日のつぼみの配信は凄く楽しかった。純粋につぼみの背中を追いかけて、つぼみの笑顔に腕を引かれて歩いてた昔を思い出した。

 本当にここまでやってきたんだ。私達の到着点はここだったんだ。そう思った。

 でも、さっきの言葉でハッとしたよ。私達の終着点はここじゃない。ここは新たなスタートラインで、2人にとってただの通過点に過ぎない。

 まずは言わせてほしい。最高の3D配信でした。ほんとうにおめでとう。

 そして、未熟な私だからこれからも失敗することがたくさんあると思う。でも私はあなたがいるからこうして前へ前へと進んでいける。

 VTuberを始めたときのように、これからも私の腕を引っ張って、私と一緒に、私の傍で共に未来へと歩んでいってください。

 これからも、どうぞよろしくお願いします」


 あれほどまではっきりとしていた視界が不意に揺らぐ。思い切り吐き出した感情は、まだ心の外へと出て行こうとしているようだ。

 そして、それは彼女も同じだったらしい。先ほどから必死に声を抑えているようだが、スタジオの高性能なマイクは彼女の小さな嗚咽の音でさえもはっきりと拾っている。

 彼女が知ればずるいと言うかもしれないが、この場にとどまるわずかな配信者魂によってマイクをミュートにしていない私は、思い切り体を後ろにそらして泣き声が配信に乗らないようにしている。


 チラリと視界に入るコメントはどれも暖かいものばかり。今見ている多くの人が私達の成長を祝って、私達に祝福の声を浴びせている。もちろんその声は耳には届かない。でも心には深く届いている。

 そうしてしばし泣き声のみが乗る配信が続く。誰も止められる状況ではない。ただじっとこの状況を噛みしめて、私達の未来をじっと見守っている。

 そんな配信に響き渡っていた彼女の泣き声が1度止まったかと思うと、3Dの腕が大きく動いて、目のあたりを何回も何回も擦った。そして聞こえてきたのは、震える喉を無理に動かしたようにか弱く、それでありながらもはっきりと強い意志がこもった声だった。


『こちらこそ、末永くよろしくお願いします』









=====あとがき=====

 あとちょっとというところで更新お待たせして本当にすみませんでした。

 これにて記念配信編は終わりとなります。たった13話に4ヶ月以上かけてしまいましたが、本当に読んでくださりありがとうございます。

 ①時点のプロットとまったく違う方向に進んでしまってビックリしています。なんか急に語り出すし、泣かせる予定など全くなかったのですが、なんか泣き出してしまいました。堂々と締めくくって「お~」みたいなのを想定していたのですが、やはり登場人物達は勝手に動き出しちゃうなぁと思っています。私は彼女たちの配信をただ切り抜いているだけですね。

 もちろんここからも話は進んでいきます。彼女たちにやって貰いたいことを箇条書きにしてまとめているのですが、ありすぎてどれから手をつけて良いものか……。早くたくさん書きたいです。

 いつの間にか★も1200を超えており驚きです。私史上新記録を日々更新しております。毎朝カクヨムの通知を見て、一人ニヤニヤしています。ありがとうございます。

 隙間を見つけては頑張って書いていきますので、首を長くしてお待ち頂けるとうれしいです。これからもどうぞよろしくお願いします。

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