第158話 1周年記念配信⑫

梓『私らって割と苦労組だと思いませんか?』

撫子『私もそれは思っています。周りの子達がふざけるので……』

つぼみ『果たしてなでこちゃんは苦労組か?』


 次に訪れたのは2期生苦労組。いや、撫子ちゃんは割と天然でぼけっとしてるから、梓ちゃんだけが苦労組かな……?

 ちなみに、香織は撫子なでしこのことを“なでこちゃん”と呼ぶ。なぜ“し”を抜くのかは分からないが、確かにこっちの方がふんわりとしているかもしれない。


梓『そういえば私面接って緊張しすぎて覚えてないんですけど、つぼみ先輩いましたっけ』

つぼみ『いや、いたけど! なんなら結構話したでしょ?!』

梓『あれ?! そうでしたっけ』

つぼみ『そうだよ!』


 SunLive.の2次面接の面談には、香織との雑談という過程があった。当時の面接時間は他の事務所や会社と比べても長かったと思う。それは思ったより募集人数が多くてじっくりと審査したかったって言うことが大きな理由。


撫子『そういえば茶葉ちゃんもいたかも』

梓『あ~! いたいた! なんか中学生みたいな子がいてビックリしたよ。私入る場所間違えたかなって』

撫子『さすがに私はそこまでではなかったけど、ちっちゃい子がいるなって思った。かわいかった』


 失礼な!

 確かにオンライン会議のアプリで相手の顔が映し出されたときに、困惑の表情を向けられることも多かったけど……。やはり幼く見られていたようだ。


つぼみ『まじでもう時効だからぶっちゃけてほしいんだけどさ、正直うち本命じゃなかったでしょ』


 またもや香織のメタメタアタック。面接の流れになったことでとんでもないぶっ飛び発言をぶち込んできたようだ。3Dで表示される香織の表情はにやりと不敵の笑みで、困惑する2人を見て楽しんでいるようだ。

 なんて質問をするんだよ……、と頭を抑えたくなるが、正直私も興味がある。


『『……』』


 もちろん質問を受けた2人はだんまり。答えて良いものなのか、スタッフさんの表情を窺っているのだろう。


つぼみ『ねぇねぇ、どうなの?』

梓『……正直、私は受かったら良いなって感じでここだけ受けました。受からなかったら普通に働いてたかなって』

つぼみ『そういえばVTuberになる前は働いてたんだよね?』

梓『はい。数年ですけどね』


 梓ちゃん実は元社会人。いや、いまも社会人だけど、一応……。しっかり働いていたらしい。昔からやりたかった仕事ではあったものの、忙しかったということで早い内に転職活動をしていたらしい。


つぼみ『なでこちゃんは?』

撫子『私は乱れ打ちです。大中小構わず片っ端から応募して、引っかかったここに来ました』

つぼみ『おぅ、ぶっちゃけるね……』

撫子『大手狙い撃ちなんて言うギャンブルはできませんでしたね。結果こうしてここに所属出来ましたし、今では最良の結果だったと』


 目指す人の数と比較して、受け口が少なすぎるというのがこのVTuber業界だ。個人勢でやるという選択肢もあるが、初期投資やそこからの事務作業などを考えるとやはり企業に所属するのが良いだろう。

 乱れ打ち。結局これが一番早いのかな。

 香織のように個人勢でデビューして安定するのは本当に一握りだ。実力しかり、運しかり。そのどちらも持ち合わせていなければ初期投資分を回収するのでさえ困難だ。

 もちろん企業によると思うけれど、最初のハードルとなるデビュー前の費用を負担してくれるというのは非常にありがたいわけ。


撫子『正直、まだSunLive.は発展途上で、今ある事務所すべてを見ても最も伸び率の大きい事務所ですね。これから絶対もっと大きくなって、いずれは私を落とした大手を追い抜くのです!』

つぼみ『あれ、落とされたことちょっと根に持ってる?』

撫子『もちろんです。だから私を落としたことを後悔させてやる』

梓『熱いね~』








つぼみ『ということで、3期生と2期生のみんなはもうみんな来てくれて、後残すは我が相棒のみですね。ということで、焦らしてもあれなので早速入って貰いましょう!』

『は~い、相棒だなんてそんな――』

つぼみ『茶葉ちゃんじゃない?! 誰?!』


社長『は~い、つぼみちゃんの新たな相棒、三条実ですよ~』

つぼみ『はい、帰って下さい』

社長『いやいや、せっかく来たんだから』


 続いての登場は社長だ。ちなみに私はここで社長が出ると言うことは知っていた。どうやら香織は知らなかったようだ。


社長『正直ね、私はつぼみちゃんが3Dになったことよりも、ひとまず1年続いたという安堵感の方が大きい。うんと大きいよ』

つぼみ『ぶっちゃけ私もそう。立ち上げ前、もちろん成功するビジョンは見えていたけど、それと同じかそれ以上に失敗するビジョンが見えていたから』

社長『そうだね。ありがたいことに2期生や3期生のみんなも人気が出て、新進気鋭のVTuber事務所、なんて持ち上げられてるけど、2期生の登録者が1万人も行かない。そういう未来ももちろん想定してた。だからこそ下手にスタッフを雇えなくて茶葉ちゃんに負担を押しつけちゃったということはあった。未だに社員は系列会社からの出向も多い』


 後ろ盾の企業もなく、いきなり立ち上げた状態であれば今のように円滑に会社の運営はできていない。ここまでSunLive.が財源に困らずのびのびできているのは、香織の御両親の会社がバックにいるというのが最も大きな要因の一つだ。

 まだ個々の会社としてみれば全然経営は安定していない。だから最近言われるようになったVTuber事務所の新星などの文言は、私達には似合わないし、プレッシャーだ。

 私でさえある程度のプレッシャーを感じているのだから、社長はもっと感じているだろうし、SunLive.の絶対的柱としての看板を背負う香織も、表に出さないだけでプレッシャーを感じているはずだ。


 だからこそ、2人が今この場に立って最も強く湧き出る感情は安堵なのだろう。


社長『やっぱり早いうちからいろいろ事業を展開出来たのはデカかった。ていうかつぼみ、茶葉ちゃん二人とも有能すぎるよ。つぼみちゃんは乗れば筆が速い。茶葉ちゃんは一人でいくつもの仕事をこなす。だからこそ頼り過ぎて仕事を回しすぎた。この結果がこの状況だね』

つぼみ『もうその話はいいでしょ』

社長『ごめん。そうだね。でもこうして1周年配信が多くのリスナーに見守られてできているというのはうれしいね』

つぼみ『うん』


 しばしの沈黙が流れる。先ほどまでの香織が放っていた雰囲気と今の香織が放っている雰囲気が違いすぎて、リスナーもしみじみと言った感じだ。


つぼみ『そいえばさ、今後どう動いていくかとか考えてる?』

社長『もちろん。ここまでデビューのペースが速すぎたから、しばらく募集を切って、今のメンバーでもうちょっと安定させてからって感じね。まあ1年は空かないようにしたい』

つぼみ『確かにペースは凄く速かったもんね』

社長『どうにかしてつぼみちゃん1人体制から抜け出さなきゃ! って焦ってたよ。だから一端チルしよ』


 これには私も賛成だ。さすがにこの1年怒濤過ぎたし、もっとメンバー同士の仲が深まってから新しい子を迎えた方が良い。


社長『なんか企業とコラボとかやりたいなって』

つぼみ『コンビニ!』

社長『いいねいいね、クリアファイルとか出しちゃったりね』

つぼみ『そのときは私がイラストを描きましょうね~』

社長『そうだね。是非お願いするよ』  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る