第156話 1周年記念配信⑩

 待機中のモーションが表示されている画面をじっと見つめていると、しばらくして画面に表示されていた映像に変化があった。

 私との同時披露向けに作ったのであろう映像は、桜木つぼみと茶葉ちゃんが仲良くお菓子を食べたり、道を歩いたりといった映像が移り変わりで描かれているアニメーションだった。高校の制服を着ている姿から始まったアニメーションは、私達のここまでの軌跡を描いているようだ。

 一切聞かされていなかった演出に思わず目を奪われる。しばらくの間流れ続けるその映像は、どこか懐かしいような雰囲気を孕んでいた。

 私はその映像の初め1秒時点で誰が関わっているかを理解した。いろいろな人が協力して手伝ってくれているというのは分かるが、キャラデザや一部の作画は香織が手伝っているのだろう。

 私が何度も何度も目にしたその絵柄である。


 短かったのか長かったのかが分からない時が過ぎ、長い階段を駆け上がるアニメーションが描かれたその後に配信の画面は変わった。

 そこには3Dとなって動いている桜木つぼみの姿があった。


 大丈夫かな、映ってるかなとかいいながらふよふよと動くその姿は、現実の香織の挙動そのままで、思わず頬が緩む。

 驚いたことに涙は出てこなかった。確かに感動していて、感慨深いと思ってはいるが、うれし泣きをするような気分にはならない。ようやくここまできたのだ。その達成感で満ちあふれている。

 確かに私はあの場にはいない。天気予報も見ず、スケジュールを上手く調整できなかった私の落ち度で、彼女は一人であの舞台に立っている。

 しかし、彼女は前を向いている。ならば私も前を向いて、今この瞬間をしっかりと目に焼き付けなければならない。目に涙なんて溜めている暇はないのだ。


『はい、ふふふっ、ついにこの私も3Dになってしまったぜ~』


 そう言ってぴょこぴょこと画面内を跳ねて回る。


『他のVTuberがやっているみたいにライブっぽく歌ってみるのも良いかなぁとおもったんだけどね、実は……、なんと時間がありません! ビックリすることにね、尺の都合上ライブはまた別日らしいんだ』


コメント

:動いてる!!

:感慨深い

:えええええええええ

:wwwwww

:せっかくの記念日なのにwww

:前置き長かったからなぁ


『前置き長かった? えぇ、あれも立派な本編だよ。とまあそんなこんなでね、時間もないので花見でもしながらライバーと話していこうかな!』


 実はこれは私も知っていたのだが、3Dお披露目だからといって特別なライブをするとかそういうわけではないのだ。これは香織の希望で、これから3Dでたくさん活動出来るから、こういう記念日はみんなと話がしたいと言うことだ。

 人によって1対1だったり、複数人と香織だったり、そこら辺は本人達の希望に合わせて臨機応変に対応して行くみたい。もちろん私は1対1だよ


 まあということもあり、3Dでの初ライブは実は私と香織が2人揃ってできるのだ。いつやるかの具体的な日程はまだ決まっていないけれど。


『じゃあちょっとワープしちゃおうかな』


 それ! といってジャンプした瞬間、先ほどまでは家のような背景であったものが、桜の木がドカンと置かれた広い草原になった。


『夏なんだけど、インターネットに春夏秋冬は存在しないと言うことで、花見でもしようかな』


 よいしょ、と地面にあぐらをかいて座る様子までがすべてきれいにトラッキング。さすがは最新3D設備である。


『じゃあ早速1組目呼び出そうかな~! お~い!』




『こんにちは』

『ハロ~』

『つぼみ先輩!』

『どうどう、みんな落ち着いて~! じゃあ順番に自己紹介よろしく~』


 香織の呼びかけの後、一斉に入ってきた3人。一斉にしゃべり出すので音割れしそうだ。


柄爲『みんなこんにちは! 3期生の尾鳥柄爲だよ~、パタパタ~』

つぼみ『ぱたぱた~! ペットちゃんですね』

柄爲『むむ、柄爲ペットじゃないよ?』


 ぱたぱた~というのは柄爲ちゃんの挨拶なのだろう。なんかよくぱたぱた言ってる。柄爲ちゃんは最近はSunLive.のペットみたいな立ち位置になっていて、みんなからかわいがられているのだ。


美波『もう……、立派になって……』

つぼみ『誰目線?』

美波『あはは、どうもどうも、凪塚美波です。お母様、この度はおめでとうございます』

つぼみ『いえいえ、ありがとうございます』


 3Dなので、香織がペコペコしているのがよく分かる。凪ちゃんにとって香織はママだから、そのネタをぶち込んできたみたいだ。


律『最後は私、大瀬音律です!』

つぼみ『りっちゃん! 来てくれてありがとう!』

律『来ないわけがないですね』

つぼみ『ということで、3期生のみんなが来てくれたよ~』


コメント

:お母様www

:つぼみちゃんの安心感が凄い

:みっちゃんと仲いいのか

:3期生だ

:いらっしゃい

:さっきぶり


 最初に来たのは3期生。彼女たちのデビューからもう半年近くが流れ、3期生からSunLive.を好きになってくれたリスナーもいる。彼女たちも大切な仲間で、コメント欄も大盛り上がり。

 香織はライバーみんなと仲良しだけど、3期生は結構気にかけてあげていたみたい。特に凪ちゃん。やはりママであり、同じマネージャーを共有する中と言うこともあって、ちょくちょく一緒にゲームしていたりするみたい。

 この3人の中だと一番コラボの回数が多いのも凪ちゃんだ。


美波『まったく、私のマネージャーが本当、ご迷惑おかけして……』

つぼみ『こちらこそ。まさか大事な予定をすっぽかすとは』


「……まじすんません」


 声も入らないのに返事をしてしまった。まったくこの2人は妙に気が合うというか、私のことをチマチマ弄ってくるから……。


律『先輩ヌルヌルですね』

美波『えっちだね』

つぼみ『まって?! 絶対そういう意味じゃなくない?!』

柄爲『りっちゃん……』

律『ちょっと待って、私は3Dがぬるぬる動くねってことを言いたかったんだけど』


 律ちゃんはこうやって時折大事な部分を飛ばして話をする。大抵は伝わるのだが、時折こうやって誤解が起きるのが悩みどころだ。でも今のはひどいと思う。

 3期生の3人は配信に画像だけ映っていて動きはしないのだが、声色から律ちゃんの慌てようが分かる。時折裏返りながら疑惑を否定しているようだ。その会話を香織はニコニコしながら聞いている。


つぼみ『いやぁ、面白い後輩を持ったものですね~』

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