第145話 

『ねえ汐ちゃん、まだ東京来られなさそう?』

「明日に席変えたんだけど……」


 1周年記念配信まであと2日。今は8月19日の午後7時半。私はまだ静岡にいた。

 当初の予定ではもう既に東京にいるはずであったが、案件配信の予定を入れていたことをすっかり忘れてしまっていたために時間をずらした。

 準備がしっかりできていたこと。配信予定時刻1時間前に神田さんから連絡が来たことなどの理由から、案件配信は無事に時間通り終了。案件配信と言っても何か特殊なことをするわけではなく、ただゲームをやるだけであった。様々な幸運が重なり、なんとか乗り切れたわけだ。

 しかし、そのせいで東京にまだ行けていない。


『ねえ、本当に大丈夫?』

「分からない……。社長といろいろ連絡取ってはいるんだけど……」


 今日の昼過ぎ頃に向かうはずであった東京行きは時間をずらし、今日の夕方に急いで東京へと向かうことになっていた。

 しかし行けなかったのだ。新幹線が運休となってしまった。


 今私がいる静岡へと台風が近づいている。外は大荒れ。明日の新幹線は終日運休となった。

 屋根に打ち付ける大粒の雨が轟音を立て、窓は風で揺れて笛を鳴らしている。


『社長が来たから代わるね』

「ありがと」


 もう既に地方勢は私をのぞいて全員が東京入りをしている。台風の情報自体は前々から出ていて、それを見越して凪ちゃんは早めに東京入りしていた。そのため本当に私だけがいない。

 どこか大丈夫と思っていた節があった。台風の情報が出ていても私は東京行きの予定を早めなかったのだ。今日東京入りし、明日1日で3Dの練習をし、それで本番。そんなずさんな計画は大きく狂ってしまった。

 なぜなら今日も明日も東京入りができないからだ。


『汐ちゃんお疲れ様。大変なことだね』

「本当にすみませんでした。私のミスです。明日の早朝から急いで在来線で向かいます」

『ダメだね。危ないでしょう。それに在来線だって運休だ。……夜行バスは?』

「ダメです。どれも満席で」

『そうかぁ~……』


 そういうと、しばしの無音が続く。

 この間も玲音ちゃんをはじめとしたメンバーのみんなからメッセージが届き続けている。今回の主役は1期生の2人。この1人が来られていないのだ。玲音ちゃんに至っては私がここまで忙しくなった理由でもあるから、余計な罪悪感を抱いているみたいだ。

 別に私からしたら関係ないことだ。玲音ちゃんのオリジナル曲は少し前に仕事が終わっている。


『……残念だけど、汐ちゃんはオンラインで出て貰おう。3Dのお披露目は香織ちゃんだけにする』

「……」


 妥当な判断だ。明後日早朝に急いで東京に向かったとしても、ろくに3Dの練習や合わせができない。この状態でいきなり配信はできない。ならばもう家からの配信に振り切るのがいい。

 そう悲しい気持ちをどうにか理由づけて抑え込んでいると、スマホから香織の叫び声が聞こえてきた。

 何を言っているか完全には聞こえないが、どうやらオンライン参加に大抗議をしているらしい。


『汐ちゃんが出ないなら私も出ません! 記念配信は延期!』

『……気持ちは分かるけど、それはできない』

『どうして?』

『私達は私達だけで動いているわけではないからだ。予定をずらすのも簡単なことではないんだよ』

『じゃあ――』

「香織、ありがとう。でもさすがにそこまで迷惑をかけるわけにはいかない」


 またもやしばしの間が空く。暗い私の室内は風の音だけが響き、その音が耳にまとわりつくように反響する。


『……汐ちゃんは悔しくないの?』


 しばらくの沈黙の後、香織は荒げていた声をすっと収め、震え声で私にそう問いかけた。


「……悔しいよ」


 私だってこの配信に向けて綿密に準備をしてきたのだ。事務所を作るために各所を走り回ったのは私だ。2期生の採用に向けた準備をしたのは私だ。私はSunLive.を世界で一番愛しているだろう。

 記念配信に出られないわけではない。しかし悔しい。








 通話終了ボタンを押し、私は気持ちを切り替える。

 オフラインで参加出来ないと決まった以上、私のスタジオはこの家だ。ここから東京スタジオとの連携を取らなければならない。


 仕事は台風なんかでは止まらないのだ。  

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