第142話
『ねえねえ、早く東京来てよ……』
「私も行きたい気持ちはすごいよ。でも仕事片付けないと」
『こっちじゃできない?』
「機材が」
『ねぇ、用意するからさ……?』
香織が東京に行ってから毎日のようにこんな感じの電話が掛かってくる。そういえばこんなに長く離ればなれになったのは出会って以降初めてかもしれない。
仕事したいのに……。とは思っているが、私も寂しいので電話を切るに切れない状況にある。
香織は香織で仕事量が凄いらしい。今は一番小さい会議室を香織専用仕様に改造しているそうだ。イラスト関連の仕事やインタビュー記事の仕事が溜まっていたり、今までやってこなかったボイスレッスンなんて言うものも受けているようだ。
また、3D配信に向けてダンスレッスンも行われている。私も東京に到着したら急いでやるし、参考動画を送って貰っているので家でも練習している。
「……東京1人で大丈夫?」
『だいじょばないけど、大丈夫だよ』
「どっちだよ。まあいいや。あんまりジャンクフードばっか食べ過ぎないでね」
『社長にも言われた……』
「みんな香織が心配なんだよ」
『もう。私大人だよ』
「精神年齢が……、ねぇ」
『ひどい!!』
こんな風にしょぼくれてはいるが、東京は東京で楽しいらしい。今はいろいろな人とオフコラボ配信をしているし、最近では個人勢とのコラボ配信も増やしている。他企業もぼちぼちコラボしている感じだ。先日の大型コラボ以降は割と増えたように感じる。
「そろそろ切ってもいい? 仕事があるんだ」
『うん。早く会いたいな』
「そうだね」
『じゃあね』
「うん」
「ふぅ」
電話を切って少し深呼吸。私が今やらなければならない仕事は凪ちゃんの配信サムネ作り。
凪ちゃんは兼業VTuberのためサムネイルを作っている時間はない。一方私はマネージャーではあるものの他のマネージャーに比べて仕事量が圧倒的に少ない。
大抵のマネージャーは個人勢VTuberのサポートの事業をしているが、私にはそれは一切回ってこないのだ。そのためほとんど専業VTuberのような感じになっている。
そのため時間が多い。だから凪ちゃんや香織、そして自分のことにしっかり集中出来る。
「私の方が体調を崩しそうだ」
最近はまっている飲むヨーグルトを飲みながらそう呟く。
香織にジャンクフードばかり食べてないでよって言ったのにもかかわらず、近頃の私はジャンクフードで飢えを凌いでいる。机の上にはカップ麺のカップが散乱し、部屋は荒れている。箱買いしたペットボトルのお茶の残骸が床に転がり、私が歩くとからからと音を立てながら転がっていく。
片付けないとなぁと思うが、香織がいないとそれをする気にならない。
「まあ後でやるかぁ」
やらないやつである。
確認作業等があるのでまだ東京には向かわないが、大方音楽関連の仕事は片付いている。東京に向かうのは配信の数日前になるだろう。
まさかの配信2日前に仕事が完全に片付く予定で、それまで東京に行けないのだ。
翌日の早朝に出発し、1日ライブの練習をした後に翌日昼頃からライブである。
通常夕方頃からやっていた公式配信も、夏休みということもあって昼頃からの開始だ。
いろいろ盛りだくさんなので配信時間も長く取っている。企画もいろいろ用意していて、いろんな人からメッセージも貰ったりしているみたいだ。誰から貰っているかは私は知らされていないのだが、非常に楽しみだ。
さて、私もVTuberということで、配信もしなくてはならない。
この後個人配信の枠を取っている。初めのうちは配信前10分くらい待機して熱心に準備をしていたが、今となっては配信準備は超適当。慣れというものはひどいものだ。
まあここまで適当になったのは常に配信ができるような環境にしてきたというのもあるのだが。別に配信を適当にやっているわけではないのは言っておきたい。私はいつだって本気だ。
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