第138話
「先輩って明日もう帰るんですよね?」
「そうだよ」
「じゃあ溜まっている仕事あるんでやってください!!」
「え?」
玲音ちゃんとのオフコラボ配信から数日、長いのか短いのかよく分からなかった東京滞在も、明日でおしまい。
明日の未明頃、まだ高速道路が混んでいない時間帯に帰るので今日はお昼過ぎまでぐっすりであった。そうして起床の後、下の階に降りると神田さんに大量の仕事を押しつけられたというわけだ。
ということで、私はいま会議室に一人籠もってカタカタキーボードを叩いている。
玲音ちゃんとのオフコラボ配信の後は、代わり代わりで事務所にくるVTuber達と配信をしたり、ショート用の動画を撮ったりといろいろやった。やる予定だった私と香織と凪ちゃん3人のオフコラボ配信は、結局出来ずじまいだ。
ただ、釣りの動画を撮影しているのでべつにそれはいい。また今度コラボしようねと言うことになった。ちなみに、釣りの動画は今編集中であり、編集終了したら3人でそれぞれチェックをし、SunLive.の公式チャンネルで公開される予定だ。
ぼんやりと今日の夕食のことを考えながら、この真っ白な室内で仕事をしていたところ、会議室の扉が3回ノックされた。
「先輩お疲れ様です」
「あ、お疲れ様です」
入ってきたのはSunLive.の事務所内でスケジュール管理などをやっている社員さんだ。
私達マネージャーに仕事を振ったり、私達VTuberに案件を回したり、そう言ったことをとりまとめている、会社のマネージャーだ。
そんな人がどうしたのかなと思ったのだが、そりゃあ同じ社員なのだから話くらいあるだろうと納得した。別に特別な理由がなくたっていい。
彼女はふわふわとした髪を揺らしながら室内を歩くと、机を挟んで私の対面の位置へと座った。私もある程度仕事が一段落付いていたので、ノートパソコンのモニターを軽く閉じて机隅っこに寄せる。
「後ほど香織先輩にもお話しするのですが、お二人は一応マネージャーも兼ねているいます。加えて凪塚さんなどとは違ってこようと思えば東京まで出社出来ますよね」
「そうですね」
香織に先輩とつけているのが異様で少し面白かったが、それをこらえて話を続ける。
「ですので、これからは月に1度でいいですので出社していただきたいのです」
「ああ、それは構わないですよ」
「良かったです。あ、状況によってはどちらかが来ていただければ構いませんので。お二方に来ていただきたいときはご連絡いたします」
「了解です。ちなみに泊まりとかじゃないといけないとかありますか?」
「基本的には日帰りで大丈夫です。もちろん泊まりになった場合はもちろん、日帰りでも諸経費は会社持ちですのでご安心を」
どうやら私達にたまには出社しろよと言うことだそうだ。
たしかにそうだ。プレゼントにサインを書いたり、企画内容についての話し合いをしたりというのは実際に顔を合わせたり、会社に来て行った方が効率が良いし、ミスだって少ない。
それがもし専業VTuberであり、凪ちゃんのように遠方に住んでいれば話は別だろうが、私はマネージャーも兼ねていて、業務の統括をする身である。もっとも、後者はほとんどあってないようなものなのだが。
それに、浜松は東京まで新幹線で1本だ。お弁当を食べていればすぐに着くし、日帰りだってできる。別に今回の件は何ら問題はない。
「出社の日付はそちらにお任せいたします。3日前までにはご連絡頂けるとありがたいです。また、別で来て頂きたい時には連絡入れます」
「わかりました」
「加えて、現在進められているSunLive.の1周年記念配信についての意見等を頂きたいので、これからメールなど送られてくるかと思います。そのときはどうぞよろしくお願いします」
実は今、SunLive.1周年記念配信の準備が進められている。
これから毎年やるであろう記念配信の初回なるわけだから、そりゃあ気合いが入るわけで、相当早い段階から準備が進められている。
もちろん社員として私も協力をするわけだ。
「分かりました。ついに1周年ですね」
「そうですね。私は後発組ですのであまり分かりませんが、SunLive.として事業を始める前から関わっていた皆様の気持ちを考えるときっとこみ上げるものがあるのでしょう」
「はい。なので絶対成功させたいですね」
「もちろんです。社員の総意でしょう」
彼女はそう言うと、では、と言って会議室から出て行った。彼女は非常に忙しいのだ。サポート事業などもあり、会社のスケジュールがキツキツで管理が大変そうだ。最近では関東組のVTuberは取材で関係会社を訪れることがあったり、ボイスレッスンなんかもやっているそうだ。
香織と私はボイスレッスンなんて一度もやったことがないのでなんか不思議な感じだ。
ピョコンッ――
残りの仕事を片付けていたらスマホに通知が来た。見てみると香織からのメッセージのようだ。
『ご近所さんへのお土産なにがいいかなぁ?』
『ばななのやつ』
『おっけ~!』
香織は今、事務所に来ていた梓ちゃんをとっ捕まえて東京駅へお土産を買いに行っている。新幹線で来ているのならば帰りに買えば良いのだが、今回私達は車で来ているのでそれができないのだ。
本当は私と香織の2人で行こうと思っていたのだが、この通り仕事があるので梓ちゃんが同行している。香織1人で行かせると不安なのでついて行ってくれて良かった。
東京のお土産と言ったら何を思い浮かべるだろうか。
ようかん? ひよこ?
私はばななの奴だ。バナナ味のクリームのようなものがスポンジに包まれていて非常においしい。お土産に買っていって新幹線の中で食べきってしまいそうなほどに好きだ。
『私の食べる分もよろしく』
「ふん、これでよし」
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