第131話
のそのそと、音を立てないように脱衣所へ近づき、そのままゆっくりと服を脱いでいく。
浴室からはシャワーの音が聞こえているが、まだ体を洗っていたりはしていないみたいだ。おそらく最初のシャワーから冷たい水が出るフェーズなのだろう。
この冷たい水フェーズの間に服を脱ぎ終えて突撃してしまおう。
幸いシャワーのお陰で私の発する音はかき消されているらしい。
服を脱ぎ終えた、きれいにたたんで地面にそっと置く。そしてそっと浴室への扉へ手をかけそのタイミングを伺う。
「えっと、先輩いますか……?」
やばい! バレた!
どうやら磨り硝子越しに私のシルエットが映ってしまったらしい。仕方がない。さっさと突撃してしまおう。
「どーん!」
「うわぁっ!」
くそぅ……、なんてお上品な驚き方なんだ……!
ここはもっときゃーとかぎゃーとか、濁音が付いた様な声で驚くべき場面なのではないだろうか……!
扉を開けて中へ入ると、今から髪の毛を洗うんだと言わんばかりの、手に出したシャンプーを泡立てている玲音ちゃんがいた。
長くきれいな髪の毛は、お湯で流されていつも以上に艶立っている。こうしてみると結構茶色の髪だ。
何が起きたのか分からない様子でこちらを見る玲音ちゃん。
私は優しく微笑むと一言。
「お背中、流しましょうか?」
「いいい、いいですっ!」
「アタッッ!」
そういうと、近くにあった湯桶をガシッと掴み、アワアワの手で私に向かって投げてきた。
その湯桶は私の額にクリーンヒット。その後に地面へと自由落下の法則に則りながら落ちていくと、私の足のつま先にまたもやクリーンヒットした。
その瞬間、足の指を伝わり私の全身に電流のような鋭い痛みが走る。
「あだーッ?!」
「きゃーーッ! すみませんすみません!!」
「もう、言ってくれれば一緒に入りましたよ……」
「……ごめん」
よく分からない空気になり、洗い合いっこは失敗に終わった。
無言のまま個人個人で体を洗い終えた私たちは、玲音ちゃんの家のとにかく広いお風呂に浸かっている。
湯船に赤いバラが浮かんでいるとかそういうことはなく、ただ透明なお湯の張られたお風呂。
私と香織の家とは違う、謎の丸形の湯船は、肩身の狭い私の居場所をなくしている。
私の心臓の音、僅かな呼吸の音でさえ届いてしまいそうなほど静まりかえったこの場所に、ただ天井から垂れる水の音がぽつりと響いた。
お風呂の中で体育座りになって水面に映る照明をただじっと見つめる私に、先ほどまでとは違う、なんとなく柔らかいような声色で話しかけてきた。
「……先輩は私の初めてのマネージャーで、不安なときに寄り添ってくれていました。なので、なんというか……、殿上人? みたいな、少し触れにくいような雰囲気があったんですけど……」
玲音ちゃんの目を見ると、今まであった尊敬のまなざしが多少薄れたような、そんな目であった。若干目のハイライトが消えているような……?
そうして笑うでもない、怒るのでもない微妙な口の形をしたかと思うと、ぽつりと一言。
「やっぱり先輩は1期生なんですね」
「……ん? ちょっとまって、どういうこと?」
「やっぱり香織先輩って抜けてるじゃないですか? 変じゃないですか?」
「え、ま、まあそうだけどね」
「やっぱりずっとタッグを組んでいるだけはありますね!」
「うるさいな!!」
まったくもって遠回りでない、ただ若干回りくどい言い方で私をけなした玲音ちゃんは、私に会ってからずっと固めていた頬を緩め、ニッコリと私を見ている。
笑うときに自然と左手が口元に出てきているのは、彼女がお嬢様だからなのだろう。きっとポテトチップスもナイフとフォークで食べるんだろうなぁ……。
と、多少の偏見を交えた思考をしていた。
「そういえば、先輩って休み期間中って何をしていたんですか?」
「……玲音ちゃん、ここで話したら配信中に話すネタがなくなっちゃうぞ~?」
「あ! そうでした!」
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