第128話 玲音ちゃんの家

 玲音ちゃんの家にはお泊まりだが、どうやら今日は家に親御さんがいらっしゃらないらしい。両親とも出張で出ており、玲音ちゃんには兄弟姉妹はいないため今日は家に1人ということだ。

 既に御両親には話を通していて、是非ともよろしくお願いしますということだった。事務所と御両親の関係は極めて良好で、まれに玲音ちゃんの撮影を見にスタジオにやってきたりもしているらしい。

 当の玲音ちゃんは非常に恥ずかしいので止めてほしいと言っていた。配信の時のテンションと家の時のテンションは大分違うそう。そりゃあそうだよね。


 玲音ちゃんの家には、御両親に帰ってきてから食べていただけるようにということで、賞味期限の長い手土産を持って行く。


 事務所から玲音ちゃんの家までは前に行ったことがあるが、部屋の位置などは詳しく把握していない。そのため、玲音ちゃんが下に来て待ってくれているそうだ。

 時間になるまでは事務所で簡単な仕事をしたり、香織達の配信準備の手伝いをしたりしていた。あらかたそれらも片付いて、出発の時間になったため、一通りの荷物を持って事務所を出た。









「こんにちは!」

「お出迎えありがとう」

「いえいえ!」


 何度見ても萎縮してしまうような大きなタワーマンションの1階、オートロックの入り口を内側から開けてくれた玲音ちゃんは、元気な声で私に挨拶をしてきた。

 実は玲音ちゃんは自分の家でオフコラボ配信をしたことがなかったらしい。誰かの家に行ってオフコラボをすると行ったこともあまりなく、こうして事務所以外でオフであって配信するというのは彼女にとってレアなイベントだそうだ。


 しかも今日はお泊まりで、前々から話を進めていたこともこれで本格的に取りかかることになる。


 玲音ちゃんはおそらくラフな格好なようで、かわいらしいクマの描かれたパジャマっぽい服の上に、1枚上着を羽織っている。

 外は非常に気温が高いが、マンションの内側は冷房が効いていて非常に涼しい。半袖を着た私には少し寒いくらいだ。

 天井が高く、シャンデリアの付いた豪華なロビーを抜け、いくつかあるエレベーターのうちの一番右の所に乗り込む。


「えっと、殿上人向けだね……」

「え? あ、そうですね。上の方まで一気に上がれる奴なんです」


 謎の優雅なBGMの鳴り響くエレベーターには、30階以上のボタンしか付いていなかった。

 そのうちの39階のボタンを押したエレベーターは、静かな音で、それでいて非常に速い速度で上がっていた。

 ちなみに、40階のボタンは存在せず、そのまま41階のボタンがあった。このタワーマンションは42階建てのはずだ。


「ねえ、2階建て?」

「え? あ、そうですね」


 無である。









「お邪魔します」


 厳かな玄関が開くと、一気に広いリビングが視界に飛び込んできた。

 壁一面に広がる大きな窓からは、東京湾を含めた絶景を拝める。東京一望とはこういうことだ。

 のそのそとリビングへ入ると、左手には2階、つまりは40階へと進む階段が付いていた。


「3人家族だよね?」

「はい。ちょっと広すぎて困りますね……」


 頬をカリカリしながら苦笑いで答える玲音ちゃん。どうしてSunLive.のようなぽっと出の新しめなVTuber事務所を選んだのだろうか。もっと大手はあったはずなのに……。

 そう思ったが、今となっては私たちも大手の仲間入りを果たしているわけで、彼女は先見の明に優れいていたわけだ。


「あ、私の部屋はこっちです。片付けましたが、少しごちゃっとしているかもしれないです……」

「いやいや、気にしないで、全然。お邪魔してるのはこっちだしね」


 そういうと、階段を上り始めた玲音ちゃん。ひとまず後ろに付いていった。







「狭い部屋ですが――」

「どこが? 激広じゃん! スタジオかな?」

「ま、まあ、適当なところに座っていて下さい。飲み物を持ってきますね。オレンジジュースで大丈夫ですか?」

「うん。ありがとう」


 そういうと、てててと急ぎ足で玲音ちゃんが部屋から出て行った。

 私はふかふかのベッドにちょこんと腰をかけ、この部屋の全体を見渡してみた。

 玲音ちゃんの部屋は全体的に淡目の色で、柔らかい落ち着いた部屋だった。

 広さはとてつもなく広い。何畳あるかもわからないほどだ。私と香織の家の2階部分の壁をすべて取っ払えばこのくらいの大きさにはなるかもしれない。さすがにそれは言い過ぎか。


 部屋入り口から見て右全面には1階同様に大きなガラスが貼ってあり、こちらからもきれいな景色を堪能することができる。

 入り口左手奥、つまり今私がいるところには3人くらいなら余裕で川の字になれるほどのベッドがあり、その上には様々な人形が並べられていた。

 入り口左手前側にはL字デスクが置かれていて、一方にはおそらく配信スペースであろう部分が広がっている。パソコンやモニターをはじめとし、マイクや音響機器など、私の部屋にもないような様々な機械が並べられていた。

 L字デスクのもう一方は勉強エリアのようで、小さな棚には参考書がたくさん並べられている。机の上に僅かに残された消しカスや、根元の部分が割れている単語帳などから彼女の勉強に対する熱心さが伝わってくる。

 壁に掛けられた制服に、一瞬コスプレでもするのかと考えてしまった私は、きっとネットに汚染された煩悩まみれの憐れな人間なのだろう。彼女は立派な高校生だ。


 入り口右手側には大きな棚があり、SunLive.のグッズや、他のアニメだったりのグッズが並べられていた。一番場所の取られたSunLive.のグッズ置き場のセンターには、玲音ちゃん自身のフィギュアが置かれていて、それを取り囲むように私たちも並べられていた。

 きれいに並べられてあるようで、しっかりと段差が付いていたり、配置が工夫されていたりと彼女の本気さがうかがえる。いつだか書いた私のサインも飾られていて少し照れてしまう。


 さらにさらに、右奥の方にはベースとその周辺機器が置かれていた。ベースは何本か置かれていて、どれがメインかはわからない。

 いくつか並べておけるタイプのギタースタンドの、一番左端の部分にちょこんとギターが置かれていた。どうやら多少ギターも弾くようだ。ベースを弾くとは聴いたことがなかったので少し驚いている。


 他にもそれぞれのエリアに分かれて様々なものが置かれていて、この部屋にいるだけで丸2日以上は時間を潰せそうだ。   

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