第125話
初期状態で、設定の変更が成されていないスマートフォンの目覚ましが鳴り響く。
時刻は午前2時半。カーテンの隙間から差し込んでくるのは僅かな街灯の光だけ。いくら日の出の時間が早いとは言えども、まだ深夜である。
夜型の人間はこれから寝ることを視野に入れ始める可能性があるかもと言った時間帯だ。
「おはよ……」
「汐ちゃんおはよう。かおりんは?」
そう言われて香織の寝ているベッドに目をやるが、もちろん起きているわけはない。スマホのライトを照射してみると、まぶしそうに目をキュッとすぼめるだけで、起き上がったりはしない。
「ダメだね」
軽く体を起こしている私は、しょうがないなぁと呟いて香織のベッドに向かって手を伸ばす。
そのまま香織の肩をガシッと掴んで勢いよく揺さぶり始めた。
「かおり~、おきて!」
「んぐぅ……」
嫌そうによくわからないうめき声を発するだけで一向に動こうとはしなかった。それもそのはずで、私が布団に入っていざ眠ろうとしていたとき、香織のベッドからはスマートフォンの明かりが放たれていた。
朝早いから早く眠れと言ったのに……。
「ダメそう?」
「ごめん……」
「いやいや、汐ちゃんが謝る必要はないよ」
早朝起床はやはり慣れているのだろうか。凪ちゃんは眠気を一切感じさせないような明るい声でそう返事をする。香織とは真反対だ。
おーいおーいと声をかけながら肩を揺さぶるが一向に起きる気配はしない。
それだけではなく、目は開けないくせに手だけ俊敏に動かすと、肩に置かれていた私の手を思いっきり掴み、勢いよく香織のベッドに向けて引いてしまった。
「どぅわっ?!」
ベッドとベッドの間には少しスペースがあり、若干の高低差がある。そのため、香織に引っ張られて体勢を崩してしまった私は、そのスペースに手をつくような形でそのまま香織の頭めがけて突っ込んでしまった。
「ぐうぉぉぉおおっ……!」
頭と頭が盛大にぶつかる音が車内に響くと同時に、先ほどまですやすやと寝息を書いていた香織の、大きな大きなうねり声が反響した。
「かぁおぉりぃ……!」
痛そうに頭を抑える香織、しばらくし、私は同じように頭を抑えたくなる衝動を抑えながら、喉の奥からできる限り低い声を絞り出した。
「うぅ……、このたんこぶどっちが原因……? 頭割れてない……?」
てんこちょにできた2つのたんこぶをさすさすとしながら私に問いかけてくる香織。
「知らん」
そんな香織に対して、私も頭に1つできたたんこぶを気にしながら返事をし、そのまま凪ちゃんの準備の手伝いをする。
凪ちゃんは私たちの様子をニコニコと楽しそうに眺めながら慣れた手つきで釣りの道具を取り出していく。
段ボールの中から何かを取りだしては、
「はいこれ」と言って私たちに差し出してきた。
差し出されたのはウエストベルト型のライフジャケットであった。私たちがこれから向かおうしている場所にはフェンスが設置されていないらしく、落下したら危険だからということで、釣りに来られたときに使おうと、あらかじめ事務所宛で注文しておいたライフジャケットを倉庫から取り出してきたらしい。
余談だが、撮影をすることでこれらをはじめとした釣り道具の大半が経費で落ちるようになるということを伝えると、凪ちゃんの手際の良さが格段に上がった。
「ねぇ汐ちゃん、朝ご飯は~……?」
「離れろ。うざい」
せっせと作業をしている私を邪魔するかのように、香織は私の足を両腕でがっちりと固定。それを気にせず行動する私に引き摺られている。朝食は釣りをしながら取るとあらかじめ言っておいたはずだ。
そんなだらだらとしている様子をニヤニヤと眺めていた凪ちゃんは、突然こっちを向いて、そういえばとの出だしで話し出した。
「実は私目覚ましの10分前くらいから起きてたんだけど、目覚ましのタイミングからカメラ回してるよ」
「あ、そうだったんだ。さすがは取れ高をわかってるね」
どうやら既にカメラを回してくれていたらしい。思いっきり本名を言ってしまっていたが、これは後ほど編集でなんとかして貰おう。
「なるほど、さすがは凪ちゃんだね……!」
「今更取り繕ったところでもう遅いぞ」
感心する私を他所に、はじめからそうであったかのように香織は姿勢を正し、凪ちゃんの準備の手伝いを始めた。その顔には僅かに焦りが見える。
もちろんごまかせているわけもなく、編集でカットするわけもない。既に香織の本性はインターネットによって全世界に拡散されてしまっている。
今更何を焦ることか。
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