第122話 いざ出発

 時間まで何をしていようかと考え、書類仕事をすることしばらく。没頭していたためかいつの間にか時は流れており、冬に比べて長くなった日もまもなく沈むところであった。

 配信を終えた香織がオフィスに戻ってきて、一通りの準備をした後に凪ちゃんと共にキャンピングカーへと乗り込む。

 日中凪ちゃんに鍵を貸していたため、その間に凪ちゃんが荷物をいろいろと積み込んでくれていたらしい。まだ何をするかは聞かされていないが、当人曰くタイミングを見計らってできたらやりたかったことだから、あらかじめ道具を郵送しておいたそうだ。

 わざわざ郵送してまでやりたいことなのかと疑問に思ったが、私の仕事が増えたりとかそういったことはないので気にはしないことにした。


 今は梅雨の時期で、大抵ジメジメとしているわけだが、天気予報を確認すると明日の関東は奇跡的に晴れ予報。ただ、今は雨が降っているためキャンピングカーには雨音が響いている。

 車に乗り込むと、先にカーナビなどの設定をするために香織が乗り込んでおり、蒸し暑い外に比べて車内は涼しくなっていた。


「かおりん車ありがとう」

「いいよ~!」

「あ、汐ちゃんには行き先言ってないから秘密で」

「おっけ~」


 そりゃあ運転するんだから行き先をわかっていないといけないわけで、既に凪ちゃんは香織に何をするかを告げているらしい。大抵こういった場面で行きたくないときにソレを顔に出す人はいないと思うが、香織とは長らく一緒のため何を考えているのかはわかる。

 今の香織の表情にはそう言った嫌な気持ちというのは一切浮かんでおらず、香織は今回の予定を一切嫌がっていないということが推測出来る。と、言うことは私にとっても嫌なことではないはず。私にとって不都合であれば香織が止めるはずだからだ。


 キャンピングカーだからと言って走行中にシートベルトをしなくても良いというわけではもちろんなく、しっかりとシートベルトを締めて準備万端。

 机の上にはたくさんのお菓子を並べ、ジュースもセット完了。


 助手席には誰も座っておらず、香織が孤立してしまっているのが少しかわいそうだと思うが、当の香織は一切気にしていないみたいで、飴をコロコロと転がしながらるんるんでかける音楽を選んでいる。


 しばらくして、香織のスマートフォンと接続された車内のスピーカーが聞き覚えのある音楽を流し始めた。


「ちょちょちょ!! ちょっっとまって!」

「かおりん気分アゲアゲだね」

「最高だよね。私のプレイリスト!」

「ちょっとまって、本当に止めてほしい」


 流れ出した曲を聴いた瞬間、全身に鳥肌が立つと共に顔の付近が妙に暑くなってきた。


 明らかにプロの所業ではない歌声、MIXすらされておらず、時折ずれる音程。きっと声帯が子供なのだろうが、一切ビブラートの掛からないまっすぐな歌声。

 そう、流れているのは私のカラオケ配信である。


「ねえ、ごめん本当に止めてほしい……」

「え~? テンサゲ?」

「うん、まじでテンサゲ」


 私が明らかに嫌な声を上げると、唇をとんがらせながら本来の自身のプレイリストへと曲を変更した。

 唇をとんがらせながらもニヤニヤしていることから推測するに、これは私をおちょくるためにやったことだろう。


「まったく、これでいいんだよこれで」


 流れ始めたのは香織が好きなロックバンドの曲。香織はアニソンとかそういったものよりロック系の曲を好んでいるみたいだ。


「じゃあ出発するね~!」


 午後7時頃、そこそこの雨の中私たちを乗せたキャンピングカーはどこかへ向けて出発していった。






 ガソリンスタンドで給油した後、そのまましばらくキャンピングカーに揺られ、高速道路に乗ったかなといった頃に私はこの車内へと足を踏み入れたときから疑問に思っていたことを質問してみる。


「ねえ凪ちゃん」

「なに?」

「あれってツッコミ待ち?」


 そう言って指を差したのは、地面に並べられた釣り竿に保冷バッグなどなど。明らかな釣りグッズの山であった。


「隠す気ある?」


 そう、なぜか2人は隠せていた気になっていたのかもしれないが、明らかに隠す気のないように釣りグッズが置かれていたのだ。

 と言うことはさすがの私も察しが付くわけで、彼女たちはいま私を釣りキャンプへと誘っているわけだった。


「いや~、バレちゃったね凪ちゃん!」

「驚かせたかったんだけどね……」


 香織が明らかな棒読みで言っていたので、もしかしたらツッコミ待ちだったのかもしれない……。

 彼女たちが突っ込んでほしかったタイミングはどこだろうか。もしかしたら先ほど凪ちゃんが「あ、汐ちゃんには行き先言ってないから秘密で」と言ったタイミングがツッコむべき場面だったのかもしれない。   

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