第120話

「これは?」

「ああ、たろうの人形ですね」

「あー、ただのタヌキのぬいぐるみか」

「たろうです!」


 私が最初に手に取ったのは、一番上に置いてあったたろうの人形だ。

 たろうとは、2期生の桔梗撫子の相棒で、タヌキのことだ。設定では、いつもぼーっとしている撫子のことを置物と勘違いして近づいてきたタヌキだそう。

 初めはいなかったのだが、1人前のマネージャーである神田さんと相談の上に生まれたマスコットらしい。


 ちなみに、たろうという名前は視聴者アンケートによって4つの案から選ばれたらしい。

 たぬ吉、ぽち太、メロスの中から選ばれたもので、リスナー達はたろちゃんと呼んでかわいがっているとか。


「これ売れるの?」

「……わからないですね。とりあえず発注したんじゃないですか?」

「そっかぁ」


 とりあえず全体を確認して、特に問題はなかったので検品済みの箱の中に入れておいた。

 ここからは流れ作業でどんどんとやっていく。




「アクスタだね」


 いくつか検品を進めて、1つ目の段ボールの底の方からアクリルスタンドがたくさん出てきた。

 それぞれ一度取り出してみる。


「ああ、これ私だ」


 その中から私のアクリルスタンドを発見したので、包装から出して一度組み立ててみる。

 よくある丸いテープを剥がして、付属のスタンドにキュッと押し込んで立ててみる。


「ふむ、可愛いね。絵柄が香織じゃない?」

「あー、たしかたろいも先生ですね」

「なるほどなるほど、どおりで可愛いわけだ」


 ネタミ先生は、玲音ちゃんや柄爲ちゃんのイラストを担当してくれたイラストレーターさんだ。

 心外なことに、この2人に加えて私を入れてSunLive.ロリ組と呼ばれていたりする。

 つまりはロリ系イラストレーターというわけだ。普段は月刊誌で日常漫画を書いていたりする有名な人。


 私のアクリルスタンドは、私がヘッドフォンをつけてギターを演奏しているところが描かれていた。結構詳細まで描かれていて、誰から聞いたのか、私が手に持っているのは私の愛用メインギターであった。


「……香織だな」

「いや、社長ですね」

「社長かぁ……」


 どうやら流出元は社長らしい。まあ別に良いけどね。


「あ、これ凪ちゃんだね」

「はい。ちゃんと香織さんの絵ですよ~」

「ほんとだ。アイツ仕事してたのか……」

「社長がどうせ配信なくて暇だろうからと依頼を出したみたいです」

「また社長か!」


 引っ越しで休憩だって言っているのに、どうやら香織はこそこそ隠れて仕事をしていたらしい。実は凪ちゃん関連の大抵のグッズと、私のグッズの半分ほどは香織が自分で描いたものらしい。

 後ほど香織に聞いたところ、すべて自分で描きたかったが、時間の関係上できなかったと落ち込んでいた。


 凪ちゃんの絵は、船に乗って釣りをしているというものだった。さすがは仲が良いだけあって解像度が高い。


「ていうか、香織絵上手くないか……?」

「そうですね~、さすがの上手さといった感じ」


 身内補正あるかもしれないが、やはり香織は絵が上手いと思う。そろそろちゃんとイラストレーターとしての仕事もやりたいと言っていたし、そっち方面に手を伸ばしてみるのもありなのでは?


「あとはこれ、タペストリーですね」


 私がアクリルスタンドを眺めている間に、西原さんが2つ目の段ボールからグッズを取り出した。

 2つ目の段ボールに入っていたのはタペストリーやマットなど、少し大きめのものだ。


「おお、私と香織の2人だね」

「はい。全員もありますが、期ごとに分けて発注もしました」

「なるほどなるほど」


 タペストリーは3種類で、1期生、2期生、3期生がそれぞれ描かれたものと、1期生から3期生までの全員が描かれているもの。

 今机の上に広げているタペストリーは1期生のもので、私と香織、つまりは茶葉とつぼみが2人でソファーに座っている絵だった。

 私は手に缶のままのビールを、香織はオレンジジュースを持っていた。おそらく日常のどこかしらを切り抜いてデフォルメしたのだろう。


 私と香織はデビュー当初から実年齢でやっているので、設定を気にせずに配信でお酒を飲んだりできる。

 柄爲ちゃんは年齢詐称組なので、配信ではお酒を飲んだりできないかもしれない。

 マネージャーとの間で年齢を上げていくか、固定していくかの話は既に済ませているはずだ。誕生日配信になったらわかるだろう。


「いやぁ、このタペストリー良いですね。私家に欲しいかも」

「本人の前で言わなくて良いから……。でも私もうちのタレントのグッズは全部飾ってるよ」

「なんかうちの子みたいな感じで愛着湧きますよね」

「湧く湧く! たまに眺めてニヤニヤしちゃう……!」

「わかりますわかります!!」


 それから2つ目の段ボールも検品を進め、最後下の方にたまっていたものを取り出す。


「出たー……、おっぺぇマウスパッドだ……!」

「えっちですね! えっちですね!」


 一番下にあったのはおっぺぇマウスパッドであった。既に桜木つぼみ、鷹治百合、鬼灯朱里、桔梗撫子の4名、つまり“持つ者”のマウスパッドは発売されていたのだ。

 それに加えて今回、3期生の3名と、1期生2期生の私含めた“持たざる者”のソレも発売することになった。


「こういうのって公式がして良いのか?」

「まあ良いんじゃないですかね。最悪社長がどうにかするでしょう」

「それもそうか」


 こういった製品ってサブカルショップとかで販売しているイメージが強い。ただ、公式で出しているところももちろんあるだろう。

 公式で出しちゃダメとは言われてないわけで、別に何ら問題はない。


「玲音ちゃんぺっちゃんこで草」


 その一番上にのせられていたマウスパッドは、おっぺぇマウスパッドという名前が似合わないほどの平坦っぷりであった。

 ていうか、玲音ちゃんは大人の事情で本当にただのマウスパッドである。他の者とはサイズも形状も異なっていて、ただ玲音ちゃんの絵が描かれたマウスパッド。

 これはしょうがない。


 ただ、他の人はそういうのはない。


「うわぁ、見て下さいこれ……」

「おぉ、エッチだ(怒)」


 西原さん手に持っていたのは、3期生唯一のある組、大瀬音律のものだ。


「律ちゃん色っぽいから可愛いねぇ……」


 そう言いながら、律の担当マネージャーである西原さんは、ニヤニヤとマウスパッドを卑猥な手つきでさわさわしていた。


 一応だが、このマウスパッドの形状は、あくまで手首の疲れを軽減するためのものであり、何か別の特別な意味を持って作られているものではないと言うことをここに記しておく。


 話を戻し、さわさわしている西原さんの写真をパシャリと1枚。


「うぇ?! なんで撮るんですか!」

「いやね、私昨日の配信で律ちゃんと仲良くなったのよ。だから送ってあげようかなって」

「いや~、あの……」


 そう言うと、西原さんはニヤニヤしていた顔を一瞬でマジな顔に直した。


「ちょっとマジ勘弁して下さい」

「うそうそ、冗談だよ。立派な検品だもんね」


 もちろん、何か特別な意図があったわけではなく、腕の疲れを軽減出来るかを精査するためにさわさわしていただけだったのだ。何か悪いことではない。

 ということで、先ほど撮った写真をフォトアプリのロックフォルダに写しておいた。


「よしっ」

「って、あれ? おっぺぇマウスパッドなのに起伏がないんですけど……、ちょっと発注ミスかも……」


 そう言って「おかしいなぁ」とか言いながら製品を眺めている西原さんの手元にあったのは、私のマウスパッドであった。 

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