第104話

 仮眠室に荷物を置き、寒そうな服を着替えさせて下に降りると、ちょうど会議が終わったみたいで香織が会議室から出てきた。

 こちらに気がつくと獲物を見つけた虎のようにてこてことこちらへ近づいてきた。


「お~! これが凪ちゃんかぁ~! 初めまして!」

「はい。初めまして」

「彼女は桜木つぼみだよ」

「あ! つぼみ先輩!」

「気がつかなかったか~」


 どうやら凪ちゃんは一発で香織を桜木つぼみだと判断することはできなかったようだ。


「なんかつぼみ先輩ってもっとおしとやかな感じかと思ってたな」

「え? 私はお淑やかだよ?」

「あはは……」


 互いにはてなを頭に浮かべて固まってしまったので、手を叩いて2人の意識をこちらへと引き戻す。


「はいはい、ここまで。じゃあ凪ちゃん、私たちご飯食べに行こうと思ってたんだけど、もし良かったらどうか?」

「いきたい」

「よしきた! じゃあ3人でごー!」


 もう太陽は沈んでいて、移動をして疲れた3人はおなかがペコペコ。

 オフィスから少し電車で行ったところにとてもおいしいラーメン屋さんがあるので、今日はそこでご飯を食べることにした。

 近くにもラーメン屋はあるのだが、ここに住んでいたときに周囲のラーメン屋巡りをして、そこのラーメン屋が一番おいしかったのだ。

 電車で少しと言っても本当に数駅で、駅からすぐ近くなので総距離は離れていない。この距離の移動であんなにおいしいものが食べられるなら良いだろう。




 オフィスを出て、駅の方へと歩いて行く。ちょうど帰宅ラッシュと重なっているようで、こちらに向かって歩いてくる人たちが多い。


「やっぱりこっちは人が多いね。これじゃあ名前を覚えるにも一苦労」

「そうだよ~! 私社員さんの名前まだ覚えてないや」

「え? それはまずいのでは?」


 さすがはサボり魔の香織である。行動力だけはあって熱しやすく冷めやすい性格。


「島民100人もいないんだっけ」

「うん。だから島の人はみんな名前覚えてる。友達」

「へー、ご近所さん覚えるなんて大変だ~」

「香織はもう少し覚えてよ……」

「わはは、やっぱりご近所付き合いはしーちゃんだったかぁ」


 凪ちゃんは私のことをしーちゃんと呼んでいる。名前がしおだからしーちゃんだね。







「ここ?」

「そうだよ」


 電車に揺られて数分。駅を出てまた数分歩いたところにあるお店。いつも混んでいる小さなラーメン屋さんだ。


「並んでるね」

「回転速いからすぐ入れるよ」


 その私の言葉の通り、5人ほど並んでいたがすぐに中に入ることができた。

 中は1人1人仕切られたカウンターだけ。厨房をL字型に取り囲むように配置されている。

 私はこの店一番のお勧めラーメンを頼んだ。


 あっさりとした魚介系のスープに入った細くて少し硬い麺。上には柔らかいチャーシューがのっていて、するっと胃の中に入ってしまう。

 ここ来るとスープまで飲み干してしまうから、あまり頻繁には来てはいけない。太る。


「ん、おいしい」


 どうやら凪ちゃんも満足してくれたみたいだ。

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