第89話 尾鳥柄爲

「神田さん、調子はどうですか」

「……私は2期生デビューの時にいませんでした。いま、先輩のすごさをこの身をもって実感しています……」

「あぁ、そうかい」


 明日、神田さんが見ている3期生VTuberである尾鳥おとり柄爲えなのデビュー配信が行われる。今はそれに向けて準備をしているところだ。

 名前の通り、鳥をイメージしたキャラクターだ。イメージの鳥はエナガ。鳥のようにちっちゃくて、白、黒、茶色の3色をメインに使用したデザインになっている。

 性格は少しシャイ。いや、少しどころではないかもしれない。守ってあげたくなるような、そんなキャラクターに仕上がった。

 相当なコミュ障なので、とにかく初配信を心配している。本当はサポートが出来るようにここに呼びたかったのだが、住んでいる場所が北海道で、本人も「誰かがいると緊張して逆にうまく出来ないかもしれない」と言っていたので、スタジオで配信はしないことにした。


「いいですか! マイクのチェック、しっかり指さしでお願いします!」

「あはは、熱いねぇ……」


 もちろん私も心配しているのだが、やっぱり一番心配しているのは担当マネージャーである神田さん。同時に柄爲ちゃんの次に緊張しているのではないだろうか。

 彼女が来たとき、もう既に2期生はデビューしていたわけで、柄爲ちゃん、神田さん両者にとって初めてのデビュー。緊張するのも頷ける。


 ひたすらに電話をつなぎながら一緒に作業をする2人。2人とも絶対に成功させるため、頑張っている。

 私は先輩としてそれをサポートしないといけない。先輩って言ったって会社にすれば数ヶ月だけど、マネージャーとしての歴なら負けてはいない。








「大分注目浴びてるね」

「はい。緊張でどうにかなりそうですよ」


 凪ちゃんの時とは違い、柄爲ちゃんは普通に宣伝をしてデビューをする。もう既にSNSのアカウントは作成してあって、名前もガワも設定も公開されている。

 ママやパパだったり、さらに細かい情報なんかは発表されていないけど、すでにそれだけの情報が発表されていればもちろん注目は浴びる。

 なんせ同期の凪塚美波がえげつないデビューを飾ったからだ。


 あのデビュー配信はアーカイブが配信サイトの急上昇に載った。SNSのトレンドにもワードが上がったし、登録者もフォロワーもうなぎ登りで増えている。

 デビュー後既に何回か配信を行っているのだが、その配信も今のところは上手くいっている。最近やっていたのは『【勉強会】日本の美しい自然』とか言うわけわからないタイトルの配信。

 彼女は自然が好きだそうで、ひたすらにリアス海岸について語っていたり、鹿児島の海について語っていたり、とにかく楽しそうに配信をしていた。リスナーも初めはついてこれていなかったのだが、6時間も配信をしていたら時期に付いてこれるようになっていた。

 いや、付いてこれるようになっていったって言うか、付いてこれる人が厳選されたというか……。

 初めのうちにたくさんコメントしてくれていた人たちが見る専に回っていた。でも反応を見る限り楽しそうで良かったとかそういうポジティブな人が多くて安心。


 とまあ、こんな感じで同期がえげつないので、こっちも凄いのではないかという期待が寄せられているわけだ。正直柄爲ちゃんには相当なプレッシャーが掛かっていると思う。


「このプレッシャーに負けないように頑張って欲しいとは思っているのですが……」

「前世がない子だよね。じゃあやっぱり大変かもねぇ……」


 私も多少は配信をしているが、やはり視聴してくれている人の数が多いと未だにプレッシャーを感じることがある。

 人前に立つのは多少慣れるが、完全に克服できるには相当な時間が掛かると思う。香織も大抵のことでは緊張しなくなってはいるけど、大きな行事とかでたくさん人が来ると緊張すると行っていた。

 SunLive.を立ち上げてから香織の配信の同接数も右肩で上がっているから、緊張する機会は前に比べて増えたとも言っていた。


「まあでも大丈夫だと思います。情熱だけはありますから」


 私が不安そうに神田さんと柄爲ちゃんのチャットを眺めていたら、神田さんが少し得意気にそう発した。

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