第86話 凪塚美波デビュー配信②

 画面が変わり、先ほどまで映っていた黒背景から、何やら森の中のログハウスのような、そんな背景に変わった。朱里も今は一度姿を消し、私を含めてリスナーは皆新しい3期生の登場を今か今かと待っているようであった。

 軽快なBGMがひたすら流れ、ただ映る背景。この短くて長い時間がよりわくわく度を高めてくれているのだろう。


 数秒間が空き、突然凪塚美波が画面上にぴょこっと現れた。


『シュタタッ! 華麗に登場!! こんばんは!! 新しくSunLive.に3期生として所属することになりました、凪塚美波です!!』


「あちゃーっ……」


 なにシュタタッて……。ぴょこっとだから別に華麗でも何でもなかったんだけど。


コメント

:おぉおおお!!

:きたぁぁぁああ!

:かわいいい!

:きたぁああ!

:華麗に登場

:元気キャラかぁ!

:やばい、癖

:イラストレーターの癖だろこれwww

:わんちゃん茶葉ちゃん

:かわいい!

:日焼け、きゅん……


「いやー、まさか私もこんな感じのデビューになるとは思っていなかったんだけど、まあ丸く収まって良かったってことで! 早速私の紹介に入ります!」


 そういうと、なぜかカットインが入り、どや顔で指パッチンをする凪ちゃんの絵が画面に映し出された。


スカッ……。


「ぎゃははははっ!! 鳴ってねぇ!!」

「香織笑いすぎ……」


 ここでかっこよく指パッチンをしたかったんだろうけど、まさかまさかで見事にスカッてきれいな摩擦音を響かせた。


「あれわざわざ私描いたんだから~」

「そうなの!? 初めて知ったわ」


 香織もどうやらちゃんとお手伝いをしていたそう。


『朱里、サポートよろしく』

『承りました』


「あ、戻ってきた」

「あの指パッチンは朱里を召喚するための物だったんだね。鳴ってなかったけどあれでいいんだ」

「まぁ、いいんじゃないかなぁ……?」


コメント

:鳴ってなくて草

:これはPON要員では?

:天然キャラありがたし

:いいねぇ

:鳴ってないwww

:朱里でてきた

:なかなか珍しいな。デビュー配信がコラボか


『では、この召使いである鬼灯より、お嬢様のプロフィールのほうをご紹介させていただきます』

『よろしく頼む』

『まずお名前は、凪塚美波。年齢はにじゅ――』

『ダメよ。年齢は乙女の秘密だから』

『だそうなので、後ほどご自分で公式WEBサイトでご確認ください』


「なにこれ……」


 明らかに変だ。凪ちゃんのキャラではない。


「やっぱり緊張している感じがあるね。突然こんなことになっちゃったから、なんとかカバーしようと頑張ってるんだろうなぁ……」

「……そうだね」


 あれほど私が才能を見込んだと行っても、一度も配信をしたことのない初心者。よくここまで堂々と頑張ってくれている。きっと心臓はバクバクで、朱里を呼び捨てにしているのもキャラのためで、本当は先輩をつけて呼びたいんだろう。

 でも少しでもカバーするために頑張っている。ああ、健気だ……。


「汐ちゃん、年上に涙しないで……」


 まあこの先もなんとなくで自己紹介が続いて行ったんだけど、明らかにぎこちない感じが抜けていなかった。私も少し心配になるほどに。


『よし、ここまで朱里先輩にいろいろやってきて貰っていましたが、そろそろ私も独り立ちと言うことで、ここからは私がいろいろと進行していこうと思います』

『分かった。じゃあ後は頑張ってね!』

『ありがとうございます!!』


 さすがに凪ちゃんも気がついていたようで、進行を朱里から譲り受けるそうだ。

 ただ、別に明かりがこの配信から消えるというわけではないようで、サイズが小さくなって左下にちょこんと配置されていた。

 朱里とて一応先輩だし、いるといないとで安心感が違うだろう。そこにいてあげて欲しいと思う。


『じゃあここからは私の趣味を紹介~! さっき島に住んでいると言ったけど、私の趣味はその島を探検することと、釣りをすること! この前アジをたくさん釣ったんだけど、今冷凍便で事務所に送っているので、良かったらみんなで食べてね~!』


「え!? ちょっと聞いてないんだけど!!」

「やった~!」

「ていうか発送日から考えてそろそろ届くでしょ!」


 と思って混乱していたら、突然スマホがなった。


『社長 4/11 20:24

 なんかアジが大量に届いたんだけど……』


「ああ、今届いたそうだよ……」

「じゃあこれ終わったらやらないとだね!」

「先に連絡入れといてくれよ!!」

「まあまあ、今は配信見よ」

「それもそうだね」


 突然生ものを送ったという発表を配信内でされて、私も驚きである。絶対一言入れるべきことだったと思うんだけど、おそらく酔っ払ったノリで送ったのかもしれない。しょうがない。後でおいしく頂きましょう。


 配信に目を戻して、画面に映っている凪ちゃんを見ていると、最初に出てきたときよりも多少顔のこわばりがなくなったように見える。

 カメラを通していて、さらにVTuberのガワに投影されているけど、やっぱり見ているガワにも緊張であったり、喜怒哀楽であったりというのは伝わってくる。多少はリラックスできたみたいで良かった。

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