第85話 凪塚美波デビュー配信①

 配信予定時刻が近づき、画面には待機用の映像が映し出されている。ただ、その映像はSunLive.公式グッズの広告で、凪ちゃんのアバターが動いているとかそういう内容ではない。

 もちろんまだガワが公開されていないからの話で、おそらくオープニング映像等はちゃんと準備されているはず。


「結構緊張するな」

「そうだね~」


 私は家のリビングのテレビにでかでかと配信画面を映し出し、香織と2人で見ている。2人とも何も聞かされていなく、どのような配信になるのかが詳しくわからない。とりあえずは朱里の謝罪配信になるそうだが、詳細が不明。

 SunLive.全員で本気の宣伝をしたために同接数は相当多い。加えて、朱里のファンの多くがこの配信に来ている。もしかしたら音沙汰無しの鬼灯朱里の情報が何か出るかもしれないという希望を持って。

 2期生の時より明らかに見てくれている人数が多いのが分かる。SNSのトレンドにも『凪ちゃん』と言うワードが上がっていて、その注目度の高さが目に見える。もしかしたらこれも彼女の考えの内なのかもしれない。

 先輩のやらかしを上手く自分の追い風につけている。


「来た」


 なかなか始まらないなぁと思いつつ、ドキドキしながら配信を見ていたところ、突如として画面が真っ暗になった。


コメント

:なんだ?

:真っ暗になった

:ミス?

:なんだろう

:面白そうな予感が

:前情報がないからなぁ、いつも以上にドキドキ

:面白いな

:真っ暗闇


 コメント欄も何が起きたのかいまいちよく分からない様子。まあ普通に画面が暗転しただけで、何も騒ぐことでもないと思うのだが、初配信と言うことだけあってトラブルを心配してしまう物なのだろう。

 私も多少の心配はあるが、おそらくこれもわざとの暗転。じっとテレビを見つめるのみ。




 しばらくの間を開け、画面にある1人のVTuberが現れた。


『こんにちは。鬼灯朱里です』


「おお、朱里ちゃん」


 現れたのは凪塚美波ではなく、やらかし張本人の鬼灯朱里。ここから始まるのが凪ちゃんがいっていた『初配信を鬼灯朱里の謝罪配信にする』計画だろう。


コメント

:え?

:あれ?

:凪ちゃんどこ行った

:生きてたのか!

:もしかしてと思ったら、やっぱり来て良かった

:朱里じゃん

:あれれ?

:初配信では?

:何が起きているのやら


 コメント欄も突然の事態に動揺を見せる。まあそりゃそうだろう。3期生のお披露目かと思ったらいきなり2期生の人が出てきたのだから。

 朱里の表情は暗い。しょんぼりしたような感じだ。BGMも一切無し。真っ黒い背景で無音の配信。そこにただ一人。


 明らかにいつもと空気が違う。それを感じ取っているリスナーの動揺をそっちのけで、朱里はゆっくりと話し始めた。


『この度は多方面に多大なるご迷惑をおかけしたことを謝罪します。特に凪ちゃんとそのマネージャーの茶葉さんには。

 もともと凪ちゃんのデビューの予定は数週間後だったそうです。ただ、私がSNSにて“凪ちゃん”と言うワードを漏洩したがために、今回このような形の初配信になっております。

 凪ちゃんには私が情報漏洩をしてしまったことを謝罪するためにこのような場を設けて頂きました。しばらく音沙汰がなかったのは、予定が大幅に変更されたこのデビュー配信のお手伝いをしていたためです。

 せっかく楽しみにしてくださっていた人も多くいたのにもかかわらず、このような形になってしまったのがとにかく申し訳ないです。これは私の意識の低さが招いたことであり、もう一度関係者各位及び、リスナーのみんなに深く謝罪申し上げます。大変申し訳ございませんでした』


「始まったね」

「朱里ちゃんがここまで萎れるのも珍しいかも~! でもおかげで注目度が高まって良い感じだね~!」

「結果的にはね。漏洩を知ったときの私の混乱ときたら、もう果てしなかったんだから」


コメント

:謝罪配信始まった

:情報漏洩だったんだ

:だから事前情報がなかったわけね

:それにしてもSunLive.やり方が上手いね。注目の集め方が天才

:柔軟だね

:だから音沙汰がなかったのか

:凪ちゃんのマネージャーは茶葉ちゃんなんだね

:茶葉ちゃん相当焦っただろうな






『――と、今回の経緯はこのような形になります。せっかくのデビュー配信なのにこのような空気で凪ちゃん1人に回すというのは申し訳ないので、ここから終わりまで私もお手伝いをしようと思います。なお、今後の私の対応についてはまだ私自身も聞かされておらず、後ほど凪ちゃん本人から発表があるようです。

 ちなみに、その対応の会議は凪ちゃんと社長という正直言って不安を拭いきれない2人が他社を交えず行ったそうで、今はただそれが恐怖です。

 では気を取り直して、早速デビュー配信に移ります』


 一通りの経緯を説明し、どうやら流れは凪ちゃんのデビューへと移るようだ。配信内の空気はお通夜みたいになっているが、珍しいデビュー配信と言うだけあってコメント欄は期待が高まっているみたいだ。

 ていうか会議やっていたのか。社長ったらおそらく今回のことを面白いなぁとか言いながら愉快に捉えているだろう。また変なバツが下るんじゃないかなぁ。朱里の不安も正直分かるよ。


 朱里がこんなにもしなしなになっているのが珍しいのか、コメントやSNSではそこまで悪い空気ではなさそう。明らかなやらかしをここまでネタっぽく昇華している凪ちゃんの力には正直驚いている。

 でもここからが本編。確かに朱里の謝罪配信にすると行っていたが、あくまでそれは場を暖めるためのオープニングセレモニー。メインは凪ちゃんのデビュー配信なのだから。


 じっと手を組んで画面に映る朱里を見つめる。心臓がバクバクしていくのを感じている。2期生デビューの時にはなかった期待というか、緊張というか……。


 深呼吸をし、じっとそのときを待っていると、突然私のスマホの通知がなった。


「なんだよ、今良いところなのに……」


 そう思って通知をチラリと見てみると、それは凪ちゃんからのメッセージであった。

 そのメッセージはただ短い一言だったけど、私の期待をさらに高めるようなそんな物。


『凪塚美波 4/11 20:13

 行ってきます。』

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