第76話 旅行①
「ここが今日のお宿! 広いね~」
「そうだね。結構奮発しちゃった」
翌日、私たちは電車に乗って温泉旅館にやってきた。熱川温泉というところで、電車の駅を降りてすぐに硫黄の香りがするような温泉地。非常に心地が良い。
最寄り駅は伊豆熱川駅。伊豆と付くだけあって、伊豆半島に位置するこの場所は、至る所から真っ青な美しい海を見られる。時より吹く風が温泉の香りと磯の香りを運んでくれて、旅行にきたという感じがしてたまらない。
「やっぱり静岡だよね!」
「うーん、よく分からないけど」
伊豆寄りではないのだが、私たちは生まれも育ちも静岡県。静岡で生まれ、静岡に引っ越した後に東京に来たわけだ。そしてまた静岡に戻る予定。
だから静岡県にいると言うだけで少し安心感を覚える。
ひとまずは部屋に荷物を置き、旅の疲れを感じながらベランダの椅子に座って潮風を感じる。
「疲れたよ」
「そうだね~。早速温泉でも入る?」
「う~ん、先に町を歩いてみない?」
「お、いいね!」
温泉に入ってしまえば外に出る気にならないと思ったので、先に辺りを歩いてみることにした。
伊豆と言えばいろいろな観光地があるわけだ。伊豆高原だったり、下田だったり、城ヶ崎海岸であったり。でも私たちはこの伊豆熱川周辺から動くことは考えていない。
今回の目的は疲れを癒やすこと。ここからさらに移動して疲れをためる気はさらさらない。まだ太陽も高いので少し散歩するだけ。
「潮風がきもちいね」
「そうだね。それに海がきれい」
「うん! ほんとだね!」
砂浜があったのでぶらりと立ち寄ってみた。今日は日差しガンデリなのだが、やはりまだ3月と言うだけあって多少涼しい。
「桜にはまだ早かったね」
「そうだね~。河津桜とかならもう咲いているのかなぁ」
「わからない」
お菓子とかを買って、ホテルにさっさと戻ることにした。
確かに温泉地という雰囲気はあるのだけれど、目的があったわけでもないのでぶらついてもすることが大してなかった。
その道中。
「汐ちゃんさ、リラックスできてる?」
「ん? 出来てるよ?」
「いやいや、標準語抜けてないじゃん」
「あぁ、確かにね。少し無意識だったかも」
「水窪にいたときにあんなに標準語嫌がってたのに」
水窪とは私たちが東京に行く前に住んでいたところだ。近くを天竜川が流れていて、自然たっぷりで凄く良いところだった。
そこでしばらく住んでいたわけだけど、そのときは頑なに標準語を使おうとしなかったんだよね。使うとしても香織の配信に出るときくらい。
ていうか使う機会もなかったし。
東京に行く1ヶ月前から生活のすべてを標準語に変え、なんとか間に合わせた感じ。田舎っぽいと思われるのが嫌だったのだが、今思うと別にそんなことする必要なかったかなぁとも思っている。
でも1回標準語にしてしまったから、社員さんに方言で話すの少し恥ずかしいかも。
「う~ん……。そうねぇ、もう標準語やめて良いと思う?」
「うん。私は標準語で行かせて貰うけどね~」
「なんで? 戻すなら一緒に……」
「私思ったのよ。方言キャラって良くない……?」
珍しく私が駄々を捏ねていると、香織がにやっとしてそう言った。
ふむ。方言キャラねぇ……。
良い!
「そっか。じゃあ遠州弁に戻そうかな!」
「それが良いよ」
ということで、ついに私も標準語卒業だ。
後に分かるのだが、社長曰く私が出来ていると思っていた標準語であったが、多少訛っていて方言が隠せていなかったらしい。
「……」
「……」
「え? 方言は?」
「いやいや、話すことないもんで」
「確かにね。でも早速使えたね」
「そりゃあね」
驚いたのが、半年以上標準語だからすぐ出ないかなと思っていた方言が、思ったより自然に出てきたこと。
でも配信で使ったら何言ってるんだろうって思われちゃうかもしれないなぁ。
「じゃあ早く宿戻るに」
「分かった~」
「……なんかむずがゆいな」
「そう?」
「あーあ、これなら東京でも方言使っとけばよかった~!!!」
「これから浜松戻るのにね」
「そうなんだに」
やっぱりダメかも。
いやまって、私なんか口車に乗せられた?
そんなこんなで宿に戻ってきた。
「いやぁ、これは東京戻ったら汐ちゃん方言取り戻し配信をしないといけないかもね~」
「いやいや、しなくても取り戻せるって」
「する! 確定だから!」
謎に燃えている……。
「まぁいいから、お風呂行こう!」
「あれ? 方言は?」
「……さっさとお風呂行くに!!!」
軽く外を歩いて汗をかいたと言うことで、お風呂に入ることにした。
部屋風呂もあるのだが、せっかくなので大浴場に向かう。
大きな露天風呂付きの大浴場。露天風呂からは伊豆の美しい海が見えるそう。そしてお風呂から出て夕食には先ほどまで目の前で見ていた海で採れた新鮮な海の幸。
たまらないよね。
「疲れを癒やすぞ~!」
「はいはい」
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