第68話
「先輩、なんかサムネ凄いことになってますね」
戻ってくると、そう笑いながら西原さんが言ってきた。そりゃそうだ。私はサムネを早う作れと一昨日から言っていたわけ。なのにもかかわらず作らずにいて、配信開始予定時刻を過ぎてから私に作れと。
あり得ないよね。だからもう知らんということで、先ほどチャットアプリで“あほたれ”と手書きで書いたサムネイルを送った。もうこんなんでいいのよ。
一応私としても反省してくれればいいな~程度で送ったし、サムネイル間に合わなかったときは趣味で書いていたイラストから選んで、そこに適当に文字を入れてそれをサムネイルにしていたわけ。
だからそうするのかなぁと思ったのだが、まさかまさかの手書きあほたれサムネ。
タイトルは『【雑談】茶葉ちゃんに怒られました☆彡【SunLive./桜木つぼみ】』。
いや、何
まあいい。一応モデレーターも仕事だからね、ちゃんと配信見ますが。
『そうそう、茶葉ちゃんに怒られちゃったの~』
そうするとコメントには、『どうして』とかそういうのがあふれるわけ。そのコメントを拾ってから香織はそう続ける。
『あのね、私がこの配信の準備を忘れてて、2時開始だったでしょ? けど2時になってもだらだらしてたわけ。そうしたら茶葉ちゃんがきて、怒られちゃった』
コメント
:そりゃ怒られる
:あんたが悪い
:茶葉ちゃんかわいそう
:じゃあそのサムネは?
『サムネ?
ああ、これね。サムネ作るの忘れてたから、作って~って言ったらこれが送られてきた。ひどいよね~、サムネくらい作ってくれれば良いのに』
へ? サムネくらい作ってくれれば良いのに……って、私普段作ってあげてるでしょ? でも今回はさすがにダメだから送っただけ。コイツ~!
すかさず私もコメントを打つ。
『あ、茶葉ちゃんだ。なになに?
配信予定時刻過ぎてから言って来るのはさすがにおかしいだろ』
そう読み上げると、香織はバツが悪そうに明らかに視線を泳がせた。
コメント欄は『それはあんたが悪い』とか、そう言うもので埋め尽くされていた。だよね。さすがはリスナー分かってくれる。
『えっと、大変申し訳ございませんでした。以後気をつけます……』
コメント
:謝れて偉い
:気をつけて
:茶葉ちゃんに迷惑掛けちゃダメだよ
:茶葉ちゃん大変だなぁ
:苦労人
:再発防止に努めろ~
:許す
:だらだらって何してたの?
数あるコメントの中から、私が一番拾って欲しくないものを拾った。『だらだらって何してたの?』というコメントだ。
今回だらだらしていた原因は、あの案件で作った金魚の水槽を見ていたから。この情報はまだ出していない。ここで水槽の案件のことを口に出してしまうのはあまりよろしくはない。
『あー、最近忙しくてね、ソファーに横になってテレビ見てたの』
コメント
:あー、正午ナンデスとか面白いよね
:テレビなぁ
:私もさっきまで見てた
:だらけてますなぁ
:時間吸われるよね
ふぅ、さすがに大丈夫だったか。
一瞬間があって少し焦ったけど、まあ大丈夫だった。
もうあの動画の編集自体は終わっていて、社内チェックも終わらせているのだけれど、取引先の方にも確認して貰わないといけないので、確認が取れるまでは上げられない。
社員さんがそこら辺はやってくれているので、近々上げられると思うよ。
チャンネルは私のチャンネルらしい。上げられるようになったら私の方に来ると思うよ。
夜、ベッドの上でだらだらとしながらいつものように雑談。
「香織、もうちょっと準備とかちゃんとしてね」
「ごめん。でもちりめんが可愛くて……」
「ん? ちりめん?」
「そう! 金魚に名前つけてあげたの!」
「へぇ、うろこが織物みたいに見えたとか?」
ちりめんというのは、絹製の平織りの織物のことで、感じで書くと縮緬。表面に凹凸があって、もしかしたらそれが金魚のうろこみたいに見えたのかもしれない。
縮緬もきれいな布だし、案外名付けのセンスがあったみたい。
と、思っていたんだけど……。
「ん? 織物? 私がちりめんじゃこ食べたかっただけだよ~」
「あぁ、そっか……」
ダメだったみたい。
案の定、ちりめんじゃこでした。天日干しされた魚由来の名前をつけられる魚の身にもなってあげてほしいものだ。
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