第59話 ワタクラ

「ワタクラねぇ……、正直やっても良いんだけど、最近は空き時間で作曲とかしているから正直時間がないんだよな」


 香織のワタクラ配信を見ながらそう呟く。隣の部屋では香織が絶賛配信中で、私は自室にこもってその配信を見ている。モデレーターだとかそういうことを言ってはいるけど、基本的にはただ配信を楽しんでいるよ。

 日中の配信とかだと他の仕事をしながら流し見をしているけど、今の時間は夜で今日はもう事務仕事をする気はないので。


『ぎゃぁあ! ビックリしたぁ……、いやいやワタクラ普通にホラゲーだろ!』

「わぁ」


 机に肘をつきながら配信を見ていたら、突如配信画面にゾンビの顔面がでかでかと映された。

 思わず私も声が出てしまう。




 うちのサーバーは結構発達している。なんて言ったってVTuberとか時間ありふれているから。うちはボイストレーニングとかしてないし。今は、だけどね。

 だから配信してなくてもみんな入って好き勝手に遊んでいる。だから自然と発展しているのだ。

 ちなみに、福利厚生の一環としてうちの会社ではワタクラを支給している。なので社員さんも普通に会社に入っているのが面白いところ。

 ちなみに私もアカウント自体はあるらしい。名前をとられる前にアカウントを作ってくれていて、いつでも出来る状態にはなっている。


 このサーバーはゴールデンタイムとかでは普通に10人を超える人がログインしているらしい。多いときは社員とVTuberほぼ全員がログイン。

 だから発展して行っているわけ。


 このサーバーでは、リスポーン地点を中心として大きな町が形成されていて、四角い碁盤の目に区切られた町にみんな暮らしている。

 平安京をイメージしたよーとか言っていたな。


 なお、平安京リスペクトで真ん中に1つ大きな道が通っているのだが、それをこのサーバーでは朱里大路と呼んでいるらしい。朱里大路に面した土地は高値で取引されているらしく、土地の管理を行っているのが香織である。

 桜木不動産とかいう胡散臭い会社。ちなみに、平安京において大内裏に当たる場所が、私と香織の家だとか。


 ……なんで?


 正直よく分からない。もうここまで来たら視聴者でも入れてみたらとか思ったり。

 でもサーバーぐちゃぐちゃにされちゃったりするかもしれないのでそれはしていないそう。

 ちなみに以上の話はすべて伝聞である。






「私もワタクラやろうかなぁ」


 真夜中、ベッドに横たわりながらそう呟く。

 隣にはもちろん香織がいるわけで、急にどうしたの? と言わんばかりにこっちを見ているのが暗闇に慣れた目越しに見える。


「急にどうしたの?」

「いや、社員さんとかみんなやっているんでしょ? だから私だけやらないのもなぁって」

「疎外感?」

「かもね~。でも時間がないんだよなぁ」

「確かに最近忙しそうだよね~、仕事も趣味も」

「そうだね。作曲が案外人気出ちゃっててね。いま伸ばしておきたいとは思う。配信もちゃんとやりたい」

「えぇ!? 本当にどうした!? いや、汐ちゃんが配信するってなったらうれしいけど、いやいやはダメだよ?」

「分かってるよ。でもやっぱり私も1期生って言うくくりになっちゃってるからさ、よく分からないけどファンもいるし」

「あ~、人気あるよね~。確かに喜んでくれるリスナーは多いと思うよ!」


 私とて、さすがにもう1人の1期生タレントとしての自覚くらいは芽生えている。それでも私は裏方というのを押していきたいとは思っているが。

 さすがにここまで1期生1期生とか言われていたら意識しないことは出来ないよね。マネージャーは付いていない。私自身がマネージャー。

 でも香織や2期生のみんなと同じような支給品を貰っていて、それで企業に還元しないのはどうかなって言うのは前々から思っていたわけ。

 私の立場は非常に動きやすい。裏方という立場だから公式配信の司会とかもしやすいし、何か発表があるときも私が出動することが多くなるだろう。


 伸びやすいのは私。


 でも私はほとんど配信をしていない。

 ここで私が曲をどんどん出して再生数を稼いでいけば、他のみんなみたいに少しは会社にお金を入れられるかなって思っているわけ。2期生は会社から支給されるのはある程度の額しかなくて、自分のチャンネルの収益の会社にひかれなかった分を自分の物にしながら生計を立てている。

 でも私や香織は役員報酬で配信しなくても良いほどお金は貰っている。

 香織はほとんど仕事をしていないからといって役員報酬は返上しているけど、私は普通に働いているのでありがたく貰っているわけ。

 しかも香織は2期生に比べて自分から収益の引かれる割合を高くしている。


 そういう所がやっぱり香織らしいよね。


 それに比べて私は、大してお金も入れていないわけで、2期生と同じ割合で引かれている。

 とりあえず、それは香織と同じかそれ以上の割合まで上げる。それはもう確定条件。私ももう少し頑張りたい。もちろん裏方仕事も同じくね。


「よし、私も配信ちゃんとやろうかな」

「え? 急にどうしたの?」

「みんなみたいには無理かもしれないけど、少し増やそうって今思ったんだよ」

「本当にどうした!? 

 でも、うーん……。私は今のままでも良いと思うけどな~、曲作りで十分所属としての役割は果たせていると思うし、仕事もあるからさ。でも応援するよ!」

「ありがと。私なりに頑張ってみるよ」


 私は結構今の環境に甘えているところがあるかもしれない。

 私は根がダメ人間。努力が出来なくて、結局香織にぴったり付いてきてここまでやってきた。自分で努力なんてしていない、すべて運でここまできたと思っている。

 他の人はそんなことはないと言うけれど、私がそう思っている以上それが真実だと思う。

 だから努力しよう。なんでこのタイミングでこう思ったかは分からないけど、せっかくやる気が出たのに実行しなかったらもったいないからね。  

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