第26話

「浅海さん、サムネチェックお願いできますか」

「分かりました。今ちょっと手が離せないので後で見ます。送っておいてください」

「了解です」


 前日になり、職場はやや修羅場だ。

 スケジュールに余裕を持っていたはずなのだが、細かい遅れが前日になって響きだし、私は今膨大な量の仕事をこなしている。

 そこに新たに入ったのがサムネイルのチェック。私は配信関係を統括、なんなら実質的な最高執行責任者なので、他の社員に比べて仕事量が多い。

 社長も珍しく仕事に追われているようで、なかなか余裕がなさそうだ。


 まず、24時間配信をすることになるのに、準備開始が遅すぎたのだ。

 もっと1ヶ月とか2ヶ月とか余裕を持ってやっても良かったと思う。ただ、まだ出来たばかりの会社ということや、突然話に上がったということもあり、このようなバタバタとした準備になってしまったわけだ。

 それに人手も足りない。募集を掛けているが、まだ正式な採用は行えていない。おそらく年明け頃に採用が始まるのだと思う。

 そこら辺は社長がやっている。始まった頃に関わることになると思う。




 作業が一段落したので、ここでサムネイルのチェックを行う。

 24時間連続配信なのだが、都合上12時間以上はアーカイブが残らない。

 そのため、番組ごとに枠を区切って行うことになっている。配信はすべて事務所の公式チャンネルだ。

 枠を区切らない場合はサムネも1つで良かったかもしれないが、枠を区切る以上はその枠の分だけサムネイルが必要になる。

 ただ、私は何の配信をするのか触らせてもらえていない。

 とりあえず番組表だけでももらわないとと言うことで、席を立ち上がって社長の方へと歩いて行く。


「社長、いい加減私に番組表を渡してくれませんか?」

「どうしてだい?」

「サムネイルのチェックが出来ないんですよ」

「サムネイルのチェック!?」


 なぜか社長は話と違うでは無いかと言ったような顔をして驚いている。

 その声を聞いた先ほど私にチェックを頼んだ社員は、やってしまったというような顔をしてこちらを見ている。


「サムネイルのチェックは私がする! 大丈夫だから、汐ちゃんは機材のチェックをお願いする」

「え!? ど、どうしてですか!?」

「どうしても! さぁ、よろしく頼んだよ。これチェック表だから!」


 そう言って乱雑にチェック表を渡してくる社長。

 ……これはもしかして私に知られては不都合なことでもあるのだろうか。少し嫌な予感がする。






 まあ与えられた仕事はこなそうということで、事務所の配信スペースへとやってきた。

 配信スペースの中には、タレントが配信を行うブースと、裏方が作業を行うコントロールルームがある。

 配信ブースとコントロールルームはガラスで区切られており、私たちスタッフはそこで配信をサポートしているという形だ。

 ただ、そこに扉があるというわけでは無く、ブースの声はコントロールルームに届くし、コントロールルームの声もブースに届く。


 なぜこのような作りにしたかというと、こういった大型の配信をする際にスタッフの笑い声とかが合った方が盛り上がると思ったし、タレントだけで無く、裏方も一緒に配信をしていると言った風にしたかったからだ。

 これは香織の希望だ。

 私が常に近くにいたからか、香織は1人でVTuber活動をしているのでは無く、裏方の人やサポートしてくれている人と協力して、1人のVTuberを完成させているというような捉え方をしている。

 自身はあくまでそこに動きと声を乗せているだけ。

 自身もまた1人の裏方のようなもの。これが香織の考え方だ。


 そんな考え方を尊重して、できるだけスタッフとタレントが一緒のスペースで配信できるようにしているのだ。


「さてさて、機材ね」


 一気にたくさんのVTuberを動かすということもあり、パソコンは相当なスペックの物を用意している。

 それを3台、滑らかな配信を行えるようにしているのだ。本当はもっとつなげたいけど、さすがにうちの会社ではこれが限界。

 もっと成長したら、もっと凄い機械を揃えたい。


「機械チェックだけど、ひとまずパソコンを起動してみないと始まらないな」


 そう言いながら、3台あるパソコンを順番に起動していく。

 ゲーミング用途ではないのでピカピカ光ったりはしない。まぁ、この配信用途は別に置かれているゲーム用途の物も光ったりしないけどね。


 そうして、すべての電源ボタンを押し終えた。

 掛かった時間は5秒と言った所だろう。


 順調にファンの音が鳴っていくのだが、明らかに1台動いていない物がある。

 もう1度電源ボタンを押すが、やはり起動しない。


「うーむ、これは困ったな」


 もしや壊れたか?

 もしかしたら上手くケーブルが刺さっていない可能性があるので、ケーブルを確認する。

 しっかりコンセントに刺さっているし、電源ユニットにも刺さっている。

 もしかしたら主電源がOFFになっているのかもしれないと思い、そちらも確認するがしっかり付いている。


 もしかしたらマジで壊れたかもと思い、配信スペースを出て社長の元へ向かう。


「社長、配信用パソコンが1台起動しません。原因究明のため、少し分解してもいいですか?」

「……まじ?」

「マジです」

「分かった。機材チェック以外に残ってる作業とかある?」

「いや、特にないです」

「了解。頼んだよ」






 配信スペースに戻り、コントロールルームにある起動しないパソコンをチェックする。

 ひとまずコード類を外し、ケースのサイドパネルを取り外していく。

 新しいからか、埃の少ないケースの中を、スマートフォンで照らしながら見ていく。


「メモリは大丈夫で、ピンもしっかり刺さってるね」


 指さし確認をしながら異常のある点を探していくが、問題は無い。

 ひとまず電源をつなぎ、モニターにつないでいない状態で電源をつけるが、うんともすんとも言わない。


「マザボか電源ユニットのどちらかかな……」


 有ったかな。と思いながら配信スペースを出て、自宅のクローゼットを物色する。

 香織はのんきにテレビを見ているらしい。


 段ボールの積み重なったクローゼット。

 その中から使っていない電子機器類をまとめている物を探し出す。


「あった」


 そしてさらにその中から電源ユニットとマザーボードを探し出してすぐに戻る。




「マザボの交換はめんどくさいから、ひとまず電源ユニットを交換しよう」


 付いている電源を取り外し、クローゼットから持ってきた物をつけてみる。

 そこそこ良い電源なので、容量も問題ないはずだ。


「頼むー、付いてくれ……」


 軽く祈ってから電源ボタンを押す。

 すると、先ほどまでは無音を貫いていたファンが回り出した。


「来たぁ~……」


 一気に気が抜ける。

 どうやら壊れていたのは電源ユニットだったらしい。良かった。


 ひとまず元あった場所に戻し、しっかりとコードを指さし確認をしながらつなげる。

 そしてそのまま他の機器類の確認をしたが異常は無かった。


 本当に大きな故障じゃ無くて良かった。

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