第25話
「思ったより早く終わったね……」
「頑張ったよ~、だって今日は配信があるから」
「えっと、予定時間過ぎてない?」
「大丈夫。ちょっとくらい待ってくれるよ」
配信予定時間が7時で、今は8時半だ。
ちょっとと言うには経ちすぎた時間が経っているが、私が止めているのはそんな甘ったるい理由では無い。
既に投稿してしまったのだ。
今日の配信が無いことを。
『茶葉ちゃんの虚言癖!』
とかつぼみリスナーのみんなに言われたら、私は落ち込んでしまう。
いや、言わないだろうけどね? 言わないだろうけど、嫌だなって言う話。
「さてさて、配信準備しようかな~。一応投稿しておかないと」
「え、ちょ」
そうして彼女は私の目の前で例のSNSを起動する。
いつものようにカンストする通知。ただ、今日はなぜか、そんな多くの通知の中によく見られる文言があった。
「缶詰?」
「ッスーーー……」
香織は配信をこよなく愛する女だ。
リスナーと話しているのが楽しい。最近自分の周りにあったことを話すのが楽しい。ゲームをみんなと一緒に進めるのが楽しい。
そんな彼女から取り上げなくても良かったのに、私は配信を取り上げてしまった。
いや、まだ取り上げていない。リスナー目線で私が虚言癖になればいいのだから。
つーっと汗が額を伝う。
いや、虚言だった。別に伝っていない。伝ったような気がしただけ。
暑かったら伝っていた。だから虚言では無い。私嘘つかないので。
伝ったなぁって感じただけ。
なぜ“缶詰”と言うワードが多く上がっているのか、通知を遡りながらその原因を探している。
指が下から上へとスライドする様子を眺めながら、いつ私にヘイトが向くのかとビクビクしている。
「ん? 茶葉ちゃんに絞られてください?」
――ギクッ!
どうやら私の名前に行き着いたらしい。
お前ら何やってんだよ。勝手にチクるなよ。
いや、あの投稿をしたときは、途中で香織にも投稿して貰おうと思っていたんだけど、香織が集中していたし、私もお仕事たくさんあったから頼めなかったのだ。
マジで私悪くない。
「あ、あぁ、そういうことね。今日はマネージャーストップって言うわけだ」
「……はい。勝手に投稿してごめん」
「いいよ。確かにちょっと疲れてるからね~。少し癒やしが欲しいかも?」
「はい。存分に癒やされてください。お風呂沸いています」
「うーん、何か食べたいな」
「用意は出来ていますよ」
なぜか敬語になる。
謎の圧力が加えられている気がするからだ。
今日は料理するの面倒くさいということで、先ほどコンビニでお弁当を買ってきている。
私の好きなハンバーグ弁当と、香織が好きな唐揚げ弁当。
ただ、どうやら反応がおかしい。
なぜかにやっとしてこちらを見ている。
「用意できてる? おっけー」
「え? なになに? え? え?」
そういうと、突然立ち上がってなぜかニッコリしながら近づいてくる香織。
少し後退りしながら何が来るのか多少の恐怖に心臓を鳴らしていると、香織は突然私の背中に手を回し、そのままひょいっと私を持ち上げた。
そして、お姫様抱っこのような形で私を抱き上げ、そのまま私を抱えて配信部屋を後にした。
翌朝、ズキズキと痛む腰に手を当てながら、カチカチになってしまったコンビニ弁当を電子レンジで温めている。
結局昨晩は何も食べられなかった。
一応行っておくと、都会は朝にチュンチュンと言った鳥の声は聞こえない。
代わりにカラスの声が聞こえるので、朝カーかもしれない。
……何言ってんだ。
話を戻して、さすがコンビニ弁当。保存が利くように出来ているわけで、ほぼ丸1日放置していても電子レンジに入れてしまえばおいしく食べられる。
最近はコンビニ弁当だったり、冷凍食材だったり、おいしいご飯を食べるというハードルが低くなっていると思う。
これは非常にありがたい。
やはり人の手で作られたものに比べると温かみに欠けるだろうけれど、サクッとおいしいものを食べたいときには重宝する。
「おお、唐揚げおいしい」
と、言う香織は「唐揚げの味分かるの?」と言いたくなるほどマヨネーズをもりもり掛けて食べている。
マヨネーズは“掛ける”でいいのだろうか。それとも“乗せる”なのだろうか。はたまた“つける”なのだろうか。
そんなことを考えながら、ハンバーグの下に敷いてある謎のスパゲティをちゅるちゅるする。
1日置いたためか、デミグラスソースがしみていておいしい。
「……これが俗に言う“熟成”か?」
「……何のことを言っているのか分からないけど、多分違うと思うよ」
香織曰く、どうやら熟成では無いらしい。
今朝の私たちの食卓に会話は無い。しかしなんとなく居心地がいい。
薄暗いリビング、窓からうっすらと室内を照らす光。
食卓の上にはご飯がおいしく見えるという、オレンジっぽい色のライト。
そんなどこか安心できるリビングから外を見ると、今日は雲1つ無い晴れ空。道理で朝が寒かったわけだ。
確か放射冷却だったと思う。
「あれ? リモコンどこ?」
「んー、えっと多分ソファーの上」
ニュースが見たくてテレビのリモコンをキョロキョロと探すが、一向に見当たらない。
ソファーの上にあると言われてソファーの上を探すが、やはり見つからない。下にも落ちていないらしい。
「あれ? ない」
「ん? 私も手伝う」
唐揚げを口に放り込み、席を立ってこちらへ歩いてくる。
そして香織も私と同じように、「あれ~?」とか言いながらリモコンを探している。やはり見つからない。
それから30秒ほど探した後、ようやくリモコンを発見できた。
「あった!」
「どこにあった?」
「ソファーの隙間!」
ソファーの隙間。本当にすぐ物が落ちるからなんとかなくして欲しい。
この前スマホが見つからなくて、香織に鳴らして貰ったところ、ソファーの隙間がブルブル振動する事件があったばかりだ。
ソファーを買ったお店に軽く理不尽な文句を言いながら、2人して椅子に戻り、流れ作業のようにテレビをつける。
ちょうど天気予報をやっているらしい。
明日の午後9時からクリスマス配信が始まる。
「お! 明日の夜中から雪降るらしいぞ!」
「本当? じゃあ雪かきだね」
「いやいや、東京は雪かきしなくていいんだぞ」
「そうだった!!!」
クリスマス配信に雪が降る。なんとも素晴らしい。
……ちなみに香織はそんなことより、あのきつい雪かきからの解放に喜んでいるらしい。
「おはようございます」
「汐ちゃんおはよ~。あ、新衣装見たよ。随分イチャつくじゃない」
「あはは、香織に言ってください」
「またまた~、お熱いこと!」
うざい社長を無視し、今日も私のデスクに付く。
クリスマス配信は明日スタート。そんなことをしている暇は無いのだ。
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