第24話

 カツカツと液タブにペン先が当たる音を聞きながら、ノートパソコンの打ち心地の良くないキーボードを叩く。


『茶葉 12/22 15:37

 先ほど、クリスマス配信で使用する新衣装のデータを送信しました。

 配信機材はこちらで用意するので、読み込む必要は無いですが、一応最終確認という形でお願いします。

 これ以外にも何か不明な点など合ったら連絡ください』


 クリスマス配信の準備も大詰め。タレント用の全体チャットに流す。


「汐ちゃん、私の新衣装データきてません」

「出来てないからだ」

「タレントにやらせるのおかしくない?」

「じゃあ桜木つぼみを私たち以外の手で弄られてもいいわけ?」

「それはいやだけど……」


 口をとんがらせ、グチグチ言いながらもなんとか作業をしてくれている。

 集中自体はあまり出来ていないみたいだけれど、作業は順調そうだ。


『鷹治百合 12/22 12:39

 お泊まり会の持ち物って何かいりますか?』


『茶葉 12/22 12:41

 お泊まり会では無いですが……

 まあ、手ぶらでもかまいませんがパジャマ等があればいいと思います。さすがに外用の服で寝るわけにはいかないと思いますので。

 化粧水等は私たちので良ければあります。食事もこちらで準備します』


『鷹治百合 12/22 12:41

 ( ̄ー ̄ゞ-☆了解!』




「汐ちゃん、ここなんだけど」

「ん? どうした?」


 作業開始から数時間が経過した頃、ひたすらに作業音のみが響いている部屋の中に香織の声が響いた。

 どうやら作業内容で少し相談があるらしい。


 監視用の丸椅子から立ち上がり、座っていたところにノートパソコンを置き、香織の方へと歩いて行く。

 歩いて行くと行っても、そこまで距離が離れているわけではないので、数歩前へ出ただけだ。


「どれ?」

「ここなんだけど、他のタレントのって腕とか手とかに何かアクセサリーとか付いてるじゃん? でも私たちの無いから何かつけたりしない?」

「ふーむ、そうだね……」


 そう言いながら香織が表示させている他のタレントの新衣装デザインがずらりと並んだ画面に目を落とす。

 確かにブレスレットをつけていたり、手袋をつけていたりとか、そういう人がほとんどだ。

 対して私たちの新衣装は、もかもかのセーターが少し長めにあるだけで、手や腕に何かがついているというわけではない。

 桔梗撫子の新衣装も私たちと同じように長めの服で一見何もつけていなそうに見えるのだが、隙間からチラリと腕時計が目に入るのだ。


「……確かに何かあった方がいいかも」

「そうだよね。デザインにはいれてなかったんだけど、こっちで加えちゃっていい?」

「そうだね。デザインに合うようにしてくれるならそれでいいよ」

「分かった。じゃあ加えとく」


 香織が作業に戻ったのを確認した後、机の上に置かれていたガムを1つ口に入れ、もう一度監視用の丸椅子へと戻る。




 また数時間が経ち、液タブでの作業が一通り終わったらしく、いつの間にか響く音はマウスのクリック音に変わっていた。

 そろそろ作業も終盤と言った所だろうか。

 私が監視しているとは言え、よく頑張ったと思う。


「終わった~!!」

「どれどれ、ちょっと見せて」


 大きく万歳のポーズを取り、ゲーミングチェアのリクライニングをフルで倒した香織の元へ近づく。


「おお!」


 画面には新衣装を着た私たち2人が並んでいた。

 

「うん、思ったよりペアルックだね。ていうかもう着ている服同じだな」

「まあね~、でも可愛いでしょ?」

「うん。バッチリだよ。ちょっと細部見てもいい?」

「大丈夫だよ~」


 何か変なボタンを押しても大丈夫なよう、しっかりと保存してからマウスを使って細部を見ていく。

 細かいパーツの抜けとかがある可能性があって、そういうのは一見気がつかなそうなところで合っても、視聴者は案外気がつくものなのだ。


 くるくると回しながら細部まで見ていく。


「そういえば、手につけるアクセサリー何にしたの?」

「え? 指輪だよ」

「指輪か」


 マウスを操作して手の方をアップにする。

 右手には無いからどうやら左手に付いているらしい。


「あ、あった。

 おお! いいじゃん」


 私の左手に付いていた指輪は、小さなダイヤモンドがあしらわれたもので、凄く美しい。

 謎に造形が凝っている。


「……ん? 待てよ」


 そこで私は少し違和感を覚えた。

 そして、親指から順番に数えて、指輪が4番目の位置に付いていることに気がついたのだ。


「おい! 結婚指輪じゃねぇか!!!」

「てへっ、ばれちった!」

「まじかお前……」

「もう場所を変える気力ない~、このままでお願いします~」

「はぁ!? ちょっと横にずらすだけだよ!」

「あのねぇ、指のサイズとか形とかがあるからダメなの! ダメなの! 絶対出来ない!」

「えぇ!? ちょっとだけ、ちょっとだけ頑張って」

「嫌だ。私はもう動かないからね」

「えぇ~~~……」




 結局、折れた私は何も手を加えずに完成した新衣装を会社に提出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る