第23話 缶詰

「汐ちゃん、香織ちゃんからの2Dデータがまだ来ていないのだけど……」

「ッスー……、……はぁ~。少々お待ちください……」


 クリスマス配信まではあと2日。

 この状態でまだモデリングが終わっていないのはやばい。

 一応配信の時間を減らして頑張って貰っているのだが、……これ多分サボってるね。

 うちはまだ案件だったりの数が少なく、事務所で撮影をすることが少ない。それに、お金がないなどの理由からボイストレーニングを始めていない。

 いずれ始める予定だが、そういうのも相まってタレントのみんなはそこまで忙しくない。


 撮影、配信、配信の準備にボイストレーニングなどを詰めまくって、睡眠時間が6時間も取れないVTuberとかがいるらしい。

 うちはさすがにそこまで忙しくはない。だから十分時間は取れるはずなんだけど……。


「えっと、いつ頃になりそうか分かったりする?」

「すみません。うちの香織がすみません。ちょっと今確認してきます……」

「よろしく。時間が結構ギリギリだから、なるはやで」


 普段ならネタも交えて抑揚の付いたトーンで言って来るであろう社長も、最近は多忙らしく、疲労からか元気がないようだ。

 オフィスが全体的に今そういう空気になっている。

 情報を収集するためにインターネットを開くと、クリスマスに浮かれた記事が目に入る。


 時々オフィス内に響く台パンの音は、基本それによるストレス消化用だ。


 幸い私は早めに他の仕事を終わらせていて、手が離せないほど忙しいわけではないので、急いでオフィスを飛び出して家に戻る。




「香織~っ!!」

「……ん? あ、汐ちゃんお帰り~」


 家に入り、リビングを見渡していない。そのため寝室に向かったところ、案の定2度寝をしている香織がいた。

 寝ぼけながらなんとか返事してくる。


 抵抗する香織から布団を引き剥がし、勢いよく肩を掴んで体を起こす。


「なに~? まだ眠いんだけど……」

「香織!! 早くモデリングやれ!」

「モデリング? あ、そうだね」

「そうだね。じゃない! マジでホントに納期ギリギリ、今日中に終わらせて。終わらなかったら夜ご飯抜きだから」


 捲し立てるように口早に告げ、「ほら、進捗見たいから起きて!!」と続ける。

 夜ご飯抜きという言葉に反応したのか、先ほどよりも目をしっかりと開けて、自分の足でベッドから置き上がる。

 香織は配信部屋で作業を行うので、そのまま配信部屋へと移動。


「えっとね――」

「ちょっと見して」


 フォルダーを表示しようとする香織からマウスを奪い、進捗状況を確認する。


 数秒後、額に汗がじわじわと浮かんでくるのを感じる。


「全然終わってないじゃん……」

「家にいるとサボっちゃう。汐ちゃんいないから……」

「ちょっと待って、今から一回オフィス戻るけどすぐ戻るから、マジでちゃんと作業してろ」

「ふぁーい」


 想像以上に終わっていなかった。

 8割方完成しているものだと思っていたのだけど、進捗は5割と言った所。

 つぼみ1体だけなら良かったものの、茶葉の分まであるとなると、元々納期がギリギリだった。

 配信をすることも考えると、一日に取れる時間もそこまで多くない。

 ただ、幸いにも今回変更するのは服だけで、細かいパーツや造形は通常時のものを流用できる。


 香織は一度集中すると早い。しかし、全然集中しない。

 ……ここは私の腕の見せ所だろう。何年一緒にいると思ってんだ。




 急いでオフィスに戻り、社長のデスクの前へと向かう。


「すみません。想像以上に進みが遅く、香織を今から監禁します。家で作業しますので」

「……どんくらいだった?」

「5割から6割と言った所です。大丈夫です。絶対間に合わせますから」

「頼んだよ。必要なものがあれば経費で落としていい。……でもお金ないから節約よろしくね」

「任せてください。何かありましたらチャットか何かで送ってくれればすぐに対応します」

「わかった。頑張ってね」


 香織は集中力が長く続かない。

 それに、サボり癖がひどい。


 なんとか集中させる。




 ひとまずオフィスを出て近くのコンビニへ向かう。

 香織はコーヒーが好きで、コーヒーを飲ませておけばとりあえず集中する。

 コーヒーは家に機械があるので買っていかない。それよりもお菓子だ。

 何か口に含んでいると集中して作業をする。ただ、それがすぐに口の中からなくなってしまうものだと逆効果の場合がある。


 例えばポテトチップス。

 1枚食べ、1枚食べ、1枚食べとやっていくと、頻繁に袋に手を伸ばすことになり、その分作業に充てる時間が少なくなる。

 それに手が汚れてしまい、それを気にするがあまり作業効率が落ちてしまう場合がある。

 となると、一度口に含むと長く持つもの。


「ガムかな。後飴もいいね」


 ガムを食べる際の“噛む”という動作は、脳を活性化させて集中力を増強させる。

 飴の場合は豊富な糖分のおかげで脳が働く。


 ちなみに香織にこの2つを買っていくと、途中で「しょっぱいものが食べたい」と言い出すので、あたりめを買っていく。

 あたりめもしっかり噛むし、いい感じの塩っ気があるのでいい。


 ……後は私用のオレンジジュース。






「ちゃんと作業してる?」

「うーん、集中できないかも……」

「集中してね。今から缶詰だから」

「ひーっ」

「ほら、コーヒー淹れてきたから飲め」

「ありがとう~」


 ゲーミングチェアの上であぐらをかくという、いかにも腰を痛めそうな姿勢で作業をしている。

 ただ、彼女曰くこれが集中できるとか。

 まあ私は配信に間に合うなら何でもいい。ひとまず後ろで右側にだけイヤフォンをつけて、他のタレントの配信のモデレーターをする。

 同時進行でSNSも更新する。あとで香織にも同じことを投稿して貰うことになるけど、香織が今日予定していた雑談配信は行わない。




茶葉ちゃん@Chaba_Sakuragi

 つぼみはただいまクリスマス配信に向けて缶詰中なので、今日の雑談配信はありません。

 ちなみにまだつぼみに告げていません。楽しみにしていた方は申し訳ございません。




「これで良し」

「ん? なにが?」

「ごめん。こっちの話。飴なめる?」

「なめる~」


 そういうと、香織は口を開けてこちらを向いてくるので、その口の中にあめ玉を放り込んだ。

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