第22話

 例の黒歴史配信から数日が経過したが、私は未だにあの黒歴史配信を引き摺っている。

 なぜここまで引き摺るのか。理由は非常にシンプルで、ネットサーフィングを楽しんでいると、時折それに関連した物が画面に表示されるからだ。

 SNSのリプにはそれ関連の物が付くし、動画投稿サイトには切り抜きがあふれているし、登録者数も破竹の勢いで伸びている。

 その度に頭を抱え、あの日のことを後悔するのだ。

 モチベーションは右下へと下がって行っている。


「切り替え切り替え。社会人として切り替えが大事だ」


 小さくつぶやいてなんとか再起を図る。

 こうしている間にもクリスマス配信は刻一刻と近づいてきていて、今は準備で忙しいのだから、落ち込んでいる暇などないのだ。

 落ち込めば落ち込むほど、私の残業時間が増えていく。

 私は管理職なので、残業代はありません。


 ある程度クリスマス配信でやる企画は既に決まっていて、それの準備を今進めているところだ。

 ただ、私はその会議に参加していない。意見を出すだけで、細かいスケジュールに関しては他の社員さんに任せている。

 私は例の黒歴史配信の準備があって参加できなかったわけだ。

 まあ、準備したものはすべて酒の力で吹き飛ばされましたけど。




 スケジュールに関しては他の人が管理してくれていて、私はその中のマルバツクイズをメインで作業している。まあ、一応他の所もやっているのだけれど、なぜか頑なにスケジュールは触らせてくれない。

 そのため配信でどんなことを行うのかは正直私もあまり分かっていない。

 ただ、私は社員さんを信頼しているので、変な風にはなっていないはずだ。きっと何か事情があって私に見せていないだけ。


 私は他の社員さんに比べて作業量は少ない。

 配信関係の仕事は大体私なので、クリスマス配信以外の通常配信の方の仕事を多くやっているからだ。

 その合間を縫ってマルバツクイズの作問をするといった形になる。


 マルバツクイズの準備は一見簡単そうに見えて、いざやるとなると結構突っかかる。

 慣れている人はすぐに出てくるのだろうけれど、私みたいにマルバツクイズなんてほとんどやらない人からすれば、問題を出すのが大変なのだ。


 VTuberと言うこともあって、できるだけVTuberというテーマでやりたいと思っているのだが、残念ながら全く浮かばない。

 結局VTuberと関係のないものをお題として出してしまうのだ。


 VTuberが画面の中でわいわいやっているのを見ているだけでも、視聴者のみんなは十分楽しんでくれると思う。

 普段は口に出さない癖して、みんな推しのことが大好きだから。ツンデレなのよ。

 好きな人が楽しそうだと、こっちまで楽しくなってくるわけだ。


 ただ、加えて少しでも視聴者のみんなに楽しんでもらえるようにと、視聴者向けの問題もしっかりと考えてある。

 まあ、マルバツクイズではないけれど。


 誰がマルバツクイズでの1位かを予想して貰って、正解者の中から抽選でプレゼントを贈ろうというものだ。

 学生時代から積極的に人と関わるようにしてきたつもりだけれど、こうやって顔も合わせたことのない人へのプレゼントを買ったことなど一度もない。

 何がいいのか分からない。


「まぁ、無難にサインかな?」


 きっとこの企画に参加してくれる人はVTuberが好きな人のはず。

 となると、VTuberのサインというのが一番喜んでくれるのではないだろうか。

 とりあえず、全員のサインが書かれた色紙1枚と、それぞれのサインが書かれた色紙を1枚ずつ。計7枚準備しよう。

 あ、サインは配信中にカメラをつけて書くのも面白いかも。


 実写になるからひとまず社長に確認を取りに行こう。




「いいんじゃないかしら? でも、全員のサインが書かれたものを含めて7枚って、1枚足りなくないかしら?」

「え? 足りますよ。つぼみと2期生の5人ですよ」

「はぁ、もう、素直になりなさいよ。分かってるんでしょ?」

「……」

「ということで、サインよろしくね? 茶葉ちゃんがサイン書いてくれるなら実写配信許可だよ」

「……謹んでお受けいたします」


 私は社畜。上司の命令は絶対なのだ。

 もう薄々気がついてきている。私は明らかに裏方の域を超えている。

 しかし私は裏方でありたい。それはもう質素なサインを書こう。当たった人には申し訳ないけど。






「ただいま~」

「おかえり」


 時計の針が9時を回った頃、ようやく仕事が終了した。

 ちなみに、他の社員さんはまだ元気に作業をしているようです。

 元気……、ではないか。

 私は通勤で外に出ることがないので、私は基本私服で作業をしている。オフィスは私の家のようなものだから、わざわざ正装に着替えるのがあほらしくて。

 そして、何か必要なものがあれば階段を上って取りに行けばいいだけなので、私は基本手ぶらだ。

 よく漫画とかで見る、「お帰りなさい♥ 上着と荷物預かりますね♥」なんて言うのはもちろんないわけで、すぐさまソファーに直行してだらけ始めるわけだ。

 まあ、してきたらしてきたで気味が悪くなって香織を近くの病院に連れて行くかもしれない。


「ご飯にする? お風呂にする? それとも、あ、た、し?」

「黙れ!!!」

「ふごっ……!!」


 なんとなくイラついたので、横にあったクッションを取って香織へと投げつけた。

 クッションは見事香織の顔にクリーンヒット。ずるずると顔から滑り落ちていくクッションをキャッチし、「やったな~!」と言いながら構える香織。

 すぐさまもう1つのクッションを持って応戦の構えを見せる。


 我が家の夜は長い――。 

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