第18話
時の流れとは早いもので、過ごしやすかった秋などあっという間に過ぎ去り、東京にも寒さが訪れている。
前居た所に比べれば十分暖かいのだが、それでも寒いものは寒いわけ。
テレビをつけると、日本では各地で雪が降っていて、私たちが前まで住んでいたところにも相当な雪が降っているらしい。
東京に来てビックリしたことはいくつかあるのだが、最近新たにそれが増えた。
雪かきがいらないのだ。
かいてもかいてもすぐ積もり、精神的にも体力的にも我々を苦しめるあの雪かきが、東京では必要ないのだ。
ストレスからの解放。最高である。
「でも、なんか寂しいね」
「それはそうだな~」
私たちが前住んでいた家は、相当古い家だったので、大体の部屋が和室だった。
しんしんと降る雪を見ながら掘りごたつに入り、テレビを見ながらだらっと過ごしていたあの日々は、もう戻ってこない。
あの時間は幸せだった。
あのときは寒いなとか、冬なんてなくなれば良いのになどのマイナスな意見しかなかったけれど、いざ失ってみると戻りたくなる。
「そろそろクリスマスだね」
「そうだな。でも言うて2週間くらいあるよ」
「あっという間だよ。2週間なんて」
ふーん、クリスマスねぇ……。
去年はクリスマス配信とかしなかったからなぁ、今年はやってもいいかもしれない。
まあやるのは香織だけど。
一応話としては上がっていたのだが、町の方へ降りていろいろ遊ぼうって話になって、結局クリスマス配信はしなかった。
……町の方へ降りるって野生動物みたいだな。
せっかく事務所も出来たことだし、みんなでクリスマス配信を出来ないかとか相談してみるか。
「確かに良いわね。事務所に集まってやろうか」
「そうですね。何か企画とか用意します?」
「あ、じゃあこんなのはどうですか――」
その日、会議でクリスマス配信のことを話題に挙げてみた。
すると、社員みんな乗り気になったようで、早速それに向けた準備をすることになった。
幸いにも2期生の調子が良く、事務所に入る収益も多くなっている。まだ案件とかは来ておらず、正直暇ではあるのでここから2週間一気に準備をすることにした。
予定では、クリスマスは24時間の連続配信をして、事務所に全員泊まりの交代交代で配信をしていくらしい。
タイムスケジュールをしっかり発表して、視聴者さんには見たいときに見て貰う。そんな感じの配信にする。
交代交代と言うことは、タレント全員が配信に映っているときもあれば、1人しか居ないときもあるといった感じだ。
ん? 泊まりって事務所泊まるところないだろって?
あるじゃないか。私たちの家だよ。
社員さんは寝袋を持ってきて、事務所の開いている部屋で眠る。
VTuberの皆さんは私たちの家だ。
配信はオフィスの配信ブースと、普段香織が配信している私たちの家の配信部屋との2つで行う。
香織の配信部屋は結構大きくて、全員入っても大丈夫だと思う。
ただ、さすがに椅子とかがないので、3人以上の場合はブースで行うと言った感じになりそうだ。
私たちの事務所は、香織と2期生で6人だから、上手くシフトを組めば大丈夫。
企画はまだ考えていないが、視聴者も参加できるようなものがあったら楽しいかなと思っている。
例えば、参加型のゲームとかね。
そういったものは今後考えていこうと思っている。
そして、今回は新衣装を用意する。
サンタのコスでもいいかなと思ったけれど、さすがにこのためにサンタ服を用意できるほどお金があるわけではないので、冬用の新しい服を作ることにしたのだ。
既に発注は済んでいて、クリスマス配信で発表になる。
冬服としては遅い導入かもしれないけれど、新しい事務所にしては早い展開だと思う。
「ということで、香織は自分用の衣装作ってね」
「えー? 私も他の人に依頼してくれないの?」
「だって香織はママもパパも自分だろ?」
「ママもパパも自分って、凄いパワーワードだね」
「そうだね。じゃあよろしく」
「反応が冷たい!!」
ここで言うママとは、VTuberのガワをデザインしてくれたイラストレーターさんで、パパとはそれをモデリングしてくれた人のことだ。
香織はデザインもモデリングも自分なので、ママもパパも自分だ。
彼女はVTuberになるまでの少しの間、イラストレーターとして普通に活動していたので、絵は超絶上手い。もちろん普通に依頼が来るほどだ。
ただ、VTuberとしてデビューしてからはイラストレーターとしての仕事をしていない。
ちなみに、桜木つぼみとはイラストレーターのときからの名前で、ファンの中にはイラストレーター時代から応援してくれていた人もいるようだ。
今でも時折仕事の依頼は来るらしいが、すべて断っているとか。
今はVTuberに専念。事務所がもっと大きくなって、3期生4期生と入ってきたら再開するかも。とは言っていた。
「うーん、どんな服が良いと思う?」
「そうだなぁ、セーター?」
「ちょっと描いてみてよ」
「え、無理だが」
「お願い、先っちょだけだから」
「絵に先っちょだけってなんだよ……。分かったよ。描けば良いんだろ?」
私は絵がド下手だ。
「うーん、分からない!」
「描かせておいてそれかよ!!」
「でも味が合って可愛いね」
そう言ってサムズアップをしてくるが、私からすればその親指も、その満面の笑みも煽りにしか見えないのである。
「いいもん、私はどうせ画伯(笑)だもん」
「ねーえ、いじけないでよ~」
「いいから、さっさとやれ」
「はーい」
「でけたよー」
「おお! いいじゃん!」
次の日、香織がデザインの原案を持ってきた。
いくつかデザインのラフが描いてあって、正直どれも良い。全部採用したいくらいだ。
なんだけど……。
「なんかさ、つぼみよりも茶葉のやつの方が多くない? 茶葉ちゃんに新衣装はいらないんだけど」
「えー、茶葉ちゃんに新衣装作らないならつぼみ用のも作らない!」
「ふむ……。社長に相談してくる」
「え? 作らないの?」
「え? 作るんですか?」
「え? だって私は所属タレント全員分って言ったよね」
「え? 私裏方ですけど」
「え? 1期生でしょ?」
「「え???」」
え???
「“え”多過ぎ! 分かりにくいよ!」
「え? なんの話?」
「いや、何でもない。
……一応聞くけど、茶葉ちゃん用のも描いて良いってことだよね?」
「まあそうなるね。私ホントに裏方なのかな……」
「説明欄には裏方って書いてあったし、裏方なんじゃない?」
「まずタレントの説明欄に茶葉ちゃんがいる時点でおかしいんだよなぁ……」
ということで、なぜか私の衣装も作られることになってしまいました。
決定版の衣装を描いている様子を横から眺めていたのだけれど、なぜか自分のより私のやつを書いているときの方が楽しそうだった。
こうしてできあがった新衣装。
「ペアルック……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます