第15話

 扉の外側。廊下からドタドタと足音が聞こえてくる。

 そしてその足音が扉の前でやんだかと思えば、ご想像の通り勢いよく扉が開いた。


 扉の方に目を向けると、そこにはにっこにこの笑顔で香織が立っていた。


「ねぇ! もしかして私の最初の切り抜きチャンネルって汐ちゃんの?」


 実は事務所を立ち上げるよりずっと前。まだ個人として活動していた時代の話なのだが、私が切り抜きチャンネルを始めたとき、香織がうれしそうに私のチャンネルを見せに来たことがあった。

 私の切り抜きチャンネルが出来た! と、満面の笑みで。


「……ごめん」

「え? なんで謝る?」


 せっかく見知らぬファンが作ってくれたと思って喜んでいたのに、それが私だったと知ってガッカリしたと思った。

 だから謝った。


 しかし反応は予想と違っていて、香織は一切ガッカリしたような顔を見せなかった。

 逆になぜかうれしそうだ。


「何でうれしそうなの?」

「だって汐ちゃんは私が一番辛かったときに応援してくれていたってことでしょ? 

 普段汐ちゃんはなかなかそういうの言ってくれないから、うれしかった」


 私が切り抜きを始める少し前、香織は私にVTuberやめようかなと相談に来ていた。

 確かに毎回見てくれる人は居たけれど、時間がたつにつれて少しずつ減っていっていた。

 他のVTuberを見れば、右肩で登録者が上昇している人も多かったし、メンタルに来るのは当たり前だ。


 香織にVTuberをやめられると、私が困る。

 それに、私は既に桜木つぼみのファンだったし、誰よりも応援していた。

 ここで応援しているから、もう少し頑張ってみない? とか気を利かせたことを言えれば良かったのだが、私は口で応援しているよっていっても上手く伝わらないと思ったし、照れくさかったから言えなかった。

 今でこそ配信を主にしている人が多いけれど、当時はみんな動画を撮ってそれを上げていて、その中から一足先に配信に切り替えた桜木つぼみは、配信だと長くて新規が入りにくい。そう言われていた。


 あのときは私も含め、いろいろ混乱していた時期だと思う。

 だから切り抜きチャンネルを作るという形で応援をした。


「どうしてあのチャンネルが私だと?」

「うーん、私、私の切り抜きは大体目を通すの。やっぱり人によって編集の癖というか、テンプレートみたいなのってあるでしょ? 

 だから汐ちゃんが茶葉ちゃんのチャンネルであげた動画を見てすぐ分かったよ」

「そうかぁ。なんか香織って変なところ冴えてるよなぁ」

「……それ悪口?」

「褒めてる褒めてる」

「褒めてる感じしないんだけど!!」




「まあ、ということで、『桜木つぼみ切り抜きチャンネル』は私でした」

「いえーい!!」


 場面は私の汚部屋からリビングへと移り、いつも通り香織に抱きつかれるような形でソファーに座っている。


「なにがいえーいなのか分からないけど、せっかくなんでこれから切り抜きチャンネルは“茶葉ちゃん”としてあげていくことにする。

 収益私のにするから宣伝しろよ!」

「え~、私にも分けて~」

「良いだろ少しくらい私にも取り分あって! 私もちょっと切り抜きに含まれてるから! いいよね? ね?」


 実は私は最近金欠に悩まされている。

 いろいろなVTuberにスーパーチャットをしていれば自然となくなっていくし、サブスクとか登録しているし、本だって買いまくっている。

 本に至っては、紙から電子に切り替えてさらに散財が加速したと思う。

 現金での会計は、お金が私の元からはなれていくというのが目視で分かるから良いけれど、電子は数字が減るだけ。

 良くないと思う。


 マネージャーの仕事は、まだ事務所が軌道に乗っていないということもあって、仕事の割に安月給。


「じゃあさ、私と汐ちゃんのお金を統一しちゃおうよ!」

「へ? どゆこと?」

「だってさ、一緒に住んでるわけじゃん? 財産は共有しよう!」

「う~ん、なんか話が飛躍しているような……」

「いいの! じゃあ今から私と汐ちゃんの口座は1つになりました!」


 なんか、財産が共有されることになりました。


 実は、この話は今回初めて出たわけではない。

 まだ事務所を設立する前、個人で活動していたときは、私は香織からお小遣いを貰うと言った形でやりくりしていた。

 そのときに香織が、「桜木つぼみは私と汐ちゃん2人の愛の結晶でしょ? だからつぼみとして稼いだお金は2人の物であるべきだと思う」と言っていた。

 ……なんか今思えば財産が共有されるとはまたちょっと違う気がするんだけど、まあそれは良い。

 でも私はすべて香織の力で稼いだお金だと考えていたし、スーパーチャットとかは香織に使って欲しくて送ってくれるものだと考えていた。

 今もそう考えている。


 だから、あのときはお小遣いで話が落ち着いたのだ。




「ちなみにさ、汐ちゃんっていま口座いくら入ってる?」

「いくらだろ。多分20万もないかも……。香織は?」

「うーん、小さい頃から貯めてるから、まあ億はあると思う」

「そうか。やっぱり財産の共有は無しにしよう」

「ダメです~。もう決定しちゃったから」

「嫌だ!!! 私にそんな大金を押しつけないで!! ぎゃーー、札束で殴られる!!」


ピロンッ!


「……ん? 何の音?」

「汐ちゃん、今の配信で流してもいい?」

「消せ! 動画を消せ!!」

「消すから財産共有ね?」

「……ノーコメントで」


『嫌だ!!! 私にそんな大金を押しつけないで!! ぎゃーー、札束で殴られる!!』


「ぎゃーーッ!! 分かったから! 分かったからもう流すな!」

「よし、平和的解決」

「どこがじゃ!」


 私は圧には屈しない屈強な人間だと思っていたのだけれど、そんなことはなかったらしい。






「おはようございまーす」


 楽しい休日はもう終わり!

 今日からまた楽しい楽しい社畜生活ですよ~。

 ということで、朝起きてご飯を食べて歯磨きをして着替えてエトセトラやったのち、下の階にあるオフィスへと足を運んだ。

 通勤時間はほぼゼロ分。交通費もタダで御座います。


「あ、汐ちゃん見たわよ? 良い切り抜きをするじゃない」

「社長、見たんですか? 記憶を消してください」

「これからも公式切り抜き師としてよろしくね? 出来れば2期生もやって欲しいな、なんて」

「嫌ですけど。私はつぼみ以外の切り抜きをしません」

「愛ねぇ~」

「愛じゃねぇ!」


 朝から嫌な気持ちになった。

 せっかくなんとか忘れていたところだったのに!


 昨日、あの後香織と少し話したのだが、切り抜きはもう好き勝手にやって良いらしい。 まあ言われなくても好き勝手やるのだが、もう言質を取った。

 好き勝手やらせて貰う所存だ!


「あ、そういえば汐ちゃん。梓ちゃんのパソコンやってくれた?」

「え? やってないですけど……」

「え!? やってっていったじゃない!!」

「……ちょっと待ってください。梓ちゃん今配信できてないってことですか!?」

「そうよ」

「……すぐにやります」


 ごめん梓ちゃん……。

 完全に忘れてた。

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