第11話
「お風呂先入る?」
「そうさせて貰います」
「梓ちゃん、一緒に入ろうよ!」
「え? えっと……」
「つぼみ! 梓ちゃん困ってるだろ!」
今まで田舎に住んでいた私たち。家に誰かが泊まりに来たことなど一度もない。
私もだが、特に香織が大興奮なのだ。
昔から学校とかでは真面目で清楚でしっかりしているイメージがあったけれど、家などではだらけまくりのうるさいやつだった。
結構香織に憧れを持っていた人も多かったから、そんな人が見たら倒れてしまいそう。
香織以外かもしれないが、結構学校で男女かまわずモテていた。
しかし、告白されたりとか言うのはほとんどなかったそう。
後で分かったのだが、常に私が膝の上や近くにいたかららしい。
逆な?
アイツが常に私の近くにいたの。私がアイツの近くにいたわけではない。
ここは訂正しておきたい。
梓ちゃんは可愛いが、どちらかというと香織と同じで清楚派だ。
香織と違って内側までちゃんと清楚。まあ、香織も私に比べれば相当清楚なのだが、梓ちゃんは本物だ。
眩い光を放っている。
髪の毛は長め。きれいな黒色だ。
私は短くて茶色っぽいから、そういう感じも憧れる。
茶色いと少し子供っぽい気がする。
髪の毛は長いとケアとかがめんどくさいから、私は肩に掛かるくらいで切ってしまう。
「ちょっとついてきて」
梓ちゃんの手を引いて浴室に向かう。
右手を私に奪われた梓ちゃんは、左手でパジャマを抱えている。
「これ、シャンプーね。リンスはこっち」
軽くお風呂の説明をしておく。
間違えてボディーソープで髪の毛を洗ったりしたら大変だ。ゴワゴワになってしまう。
そんな私を、梓ちゃんは何か小学生が頑張っているところを見ているかのような目で追っている。
やっぱり身長欲しいなぁ……。
一通り説明が終わったところで、私はある重要なものを渡せていないことに気がついた。
「あ、えっと、し、下着は……、ないから……。ごめんね?」
「え? あ! 大丈夫です!!」
そういえば下着を渡せていない。
さすがに私とか香織の下着を貸すわけにはいかない。
私はもう壁だから良いけれど、梓ちゃんは……。
ジーーーッ。
「ふぇ?! な、どうしました!?」
「……何でもない」
脱衣所の扉を閉めた。
「あれ? 一緒に入ってくるのかと思った」
「入るわけないだろ……」
「でも、裸の付き合いも大事だよ?」
「それはあるかもしれないけど、疲れてるんだから休ませてあげたいじゃん」
「それもそうだねぇ~」
冷蔵庫からパックのオレンジジュースを取り出し、ストローを突き刺す。
私はパックのジュースは耳の部分を開いて、そこを持って飲むようにしている。
押してもジュースが飛び出てこないからおすすめだ!
「なんか可愛いね。そこ開いて飲んでるの」
「はぁ!? これが飲みやすいんだよ!」
「へー、あ、私のも取って」
「自分で取れ!」
「ケチ~」
香織曰く、なんか幼稚園児が頑張って飲んでいるみたいで可愛いそう。
私はそんなに小さくない。
ソファーの私がいつも座っている定位置に腰を掛け、リモコンでテレビをつける。
バラエティー番組も好きだが、私はやはりニュースが好きだ。
別に面白いわけではない。しかし、淡々とニュースを読み上げるアナウンサーさんの話を聞いているのが好き。
ラジオとかも結構好きだ。
「ふ~」
「ひゃぁあッ!! ちょっと香織! 何すんの!」
「いや、汐ちゃんって吹くのにちょうど良い位置に耳が来るんだよ」
「だからってふーすんな!」
しょっちゅうこれだ。
困ったもんだよホントに。
私は結構耳が敏感だから、変に触られたり息を吹きかけられたりするとびっくりしてしまう。
耳かきとか苦手だ。
自分でやるならば結構大丈夫なのだが、他人にやって貰うと違和感があって気持ちが悪い。
咳が出てしまうのだ。
だから耳はダメ。
だらーっとしながらいつものように雑談をしていたら、視界の端に時計が映った。
「あ、そういえばそろそろ撫子ちゃんの配信ある。私モデレーターやらないと」
「えー! もっとイチャつきたいんだけど!」
「それは夜……って、今日梓ちゃんいるんだった」
「夜って何ですか? あ、良いお湯でした」
「うわぁあああッ!? な、何でもないから!!」
「??? そうですか。って、やっぱりイチャついてるんですね」
「え? どゆこと?」
「だって、つぼみ先輩の足の間に座ってるじゃないですか」
「あ」
ナチュラルすぎて忘れていた。
やらかした。
私はいつも香織の股の間にちょこんと座るのだ。
私がソファーに腰を深く掛けると、背もたれに腰を掛けられない。
身長が低いせいでうまく足を曲げられないのだ。
しかし、香織の体を背もたれの代わりにすれば大丈夫。
「ここが定位置だもんね?」
「はなせー!」
「ふふっ」
「はぁ。やっとはなれた」
ぎゅっと抱きしめてくる香織をなんとか引っぺがした。
日を増すごとに私の尊厳が失われているような気がするのだが、これは気のせいだろうか。
はじめはバリバリ仕事人みたいな感じだったのに、なんか最近は香織におちょくられる子供みたいだ。
ここから回復してやる。
「いまからモデレーターやらないとだから、2人で遊んでて」
「えー? 一緒にやろうよ」
「たしかにそうですよ。みんなでモデレーターしましょう」
「いいよ。じゃあテレビで見ようか」
最近のテレビは便利だ。
ネットにつなげればインターネットを見ることも出来る。
コメントとかを打つのは難しいから、コメントの管理とかはノートパソコンを持ってきてすることにする。
「今日撫子ちゃんって何の配信するんでしょうか」
「えっとね、確かホラーゲームだったと思うぞ」
「んふふ……、ホラーゲームねぇ……」
「な、なんだよ……」
「良かったね。1人でモデレーターじゃなくて!」
「なんだよ!!」
そうである。私はホラーゲームが苦手だ。
「私もあんまり得意じゃないですね。でも、撫子さんのホラゲ配信なんか面白いんですよね」
「あ、それは分かるかも。淡々としていくし、ビックリする場面で驚かないから怖さ半減だよね」
「しかも訳分からんところでビビるからな!」
「あれ本当に笑っちゃいます! この前なんて突然現れた自分の腕に叫んでましたよ」
今から遡ること1週間前。
桔梗撫子の配信の切り抜き。
『やっぱり何かありそうだよね。引き出しとか開けてみる?』
今やっているホラーゲームは朽ち果てた家の中を彷徨うタイプのもので、急な大きな音やリアルな描写も相まって、見ているだけでもドキドキハラハラな名作だ。
いま居るのは1階の右側にあるキッチンで、台の上には血で汚れた包丁。
地面のタイルは所々が剥がれ、食器が散乱している。
コンロや調理台の下についている引き出し。どうやらこの引き出しを開けていくらしい。
『何もないね』
コメント
:マジで何か出てきそう
:¥5000 リアル過ぎんか?
:音が細かい
※メッセージが撤回されました
:ネタバレしそうになったわ
:これマジで怖いんだよな……
:よくそんなに平気で開けられるな
ホラーゲームとは思えない速度で引き出しを開けていく。
その顔に一切の恐怖心はない。
そして、真ん中の一番下。
少し大きな引き出しを開けたときそれは起きた。
グワァァアアアアアッ!!!
開けた瞬間に中から一部が溶けた女性が大きな声を上げながら出てきて、襲いかかってきた。
『うぉ、なんか出た』
ほとんど驚かず、僅かに声を上げるだけ。
そして、インベントリから銃を取り出して冷静に脳天に鉛玉を打ち込んだ。
『ふぅ。汚物は消毒』
コメント
:マジでビビった……
:なんでそんな平気なんだ
:心臓止まった
:↑成仏してクレメンス
:マジで怖い
:音やばすぎるだろ
:顔一切変わってなくて草
そして、地面に伏せていく女性を追いながら、画面が床に向けて向いていく。
『ああ、さよなヒャァアアアアッ!!
び、ビックリした!? なに!?』
突如現れた己の右腕。
先ほどからチラチラ腕自体は映っていたのだが、どうやら少しバグっていたようで、ものすごい挙動をしながら右腕が一瞬画面に映った。
彼女的にはこれが先ほどの女性よりもビックリらしい。
鼓膜が破れるかと思うほどの大絶叫を繰り出し、画面が大きく動く。
先ほどまで床の方を向いていたと思えば、いつの間にか天井を写しているカメラ。
ぷるぷると横にぶれながら正面を向く。
本当にビックリしたようで、彼女ははぁはぁ、と声を震わせた。
コメント
:何でビビった? www
:鼓膜破っと居て良かった~
:自分の腕でビビったやつ他にいないだろwww
:¥12000 絶叫助かる
:さよなヒャァwww
:はい切り抜き
:なんで意図されたビックリ要素では驚かないのに、意図されてないところで驚くんだよwww
:こえでかすぎwww
:草
:お前の絶叫でビビったわ
:マジで何に驚いたの?
『おい腕ぇ、突然出てくんな』
コメント
:自分の腕にキレるなww
:腕www
:確かに変な挙動をしたけどもwww
切り抜き終わり。
「あれホントに面白かったわ」
そう思い出し笑いをしながら話す。
「私5回くらい絶叫シーンループしちゃいました」
「今日も名シーン作ってくれるとうれしいね」
「やっぱり変なところで驚いてましたね」
「撫子ちゃんって天然なのかな。あの驚き方はおもろすぎる」
やはり意図しないところで驚いていた。
驚いたとはすこし違うけれど、途中何か水がぽちゃぽちゃ垂れる音がすると思って探していたら、自身の足音だったところが面白かった。
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