第10話
梓『ということで、桜木つぼみ先輩に来て貰いました~!』
つぼみ『こんばんは~、つぼみです!』
真っ暗な部屋で配信を視聴している。
この家は案外壁が薄いようで、何もしていないとうっすらと声が聞こえてきてしまう。
そのため、密閉型のヘッドフォンをしながら配信を視聴している。
配信は2人が行い、私はコメント欄の管理などをしている。
ちなみに、この前私のチャンネルがSunLive.の公式になるという話があったが、改めて考えるとわかりにくいということで、別に私専用のチャンネルを作成した。
その私専用のチャンネルは、もちろん梓ちゃんの配信のモデレーターになっている。
こうやって活動している以上、アンチというのは確実に湧く。
私はアンチを否定しない。すべてが好意的な意見だと天狗になり、暴走してしまうかもしれない。
それを止めてくれる。自分の悪い点を自覚させてくれる。
人気になればなるほど、アンチというのも重要になってくるのだ。
ただ、そのアンチコメントを見て不快になるファンもいる。
そのため、度が過ぎるようなものは削除するのだ。
それに、配信を始めた頃はアンチコメントを見てつぼみが精神を病みかけたこともあったから、私は結構敏感だと思う。
つぼみは慣れたって言っていたけれど、私にとってはあの追い詰められたような顔の香織が結構トラウマだ。
カチカチとマウスをならし、配信を楽しみながらマネージャーとして、モデレーターとしての仕事をこなしていく。
梓『そういえば、つぼみ先輩と茶葉さんって一緒に住んでますよね?』
つぼみ『そうだね』
梓『なんかきっかけとかって合ったんですか?』
つぼみ『あー、確か私がVTuberとしてデビューするってなって、サポートをして貰いやすくするためだったと思う。
身近に一番応援してくれる人がいるっていうのはうれしいよ。私の心の支え』
コメント
:デビュー前から支えてくれてたんだってね
:配信出ることは少ないけど、やっぱり最高だよ茶葉ちゃん
:支えてくれてるんだ
:【茶葉@SunLive.】そんなこともあったな
:茶葉ちゃん優しいなぁ
:でも忙しそうだね。一気に支える人増えちゃって
つぼみ『あ、茶葉ちゃん! コメント送るならこっちの部屋来れば良いのに』
梓『いま、茶葉さんは隣の部屋にいます』
とまあ、こんな感じでコメントを送ったりする。
でも、あくまでメインはつぼみと梓ちゃんで、私はマネージャー。
あまり出しゃばらないように、私の話題が出てないときはなるべくコメントは控えている。
配信はいつ終わるのだろうか。
4時から始まった配信だけれど、既に6時を回っている。
全然終わる気配がない。
つぼみは1回の配信時間が長いことが多くて、6時間を超して配信することもよくある。
まあ、逆に1時間で終わることもあるのだが、本人曰く、「気分」だそう。
そして、梓ちゃんも配信は結構長くしている。
2人で楽しそうに話しているが、今日の配信は雑談だからそこまで長くはやらないと思う。
そうなると、あと1時間と言った所だろう。
私は会話のキャッチボールが苦手なので、よくこんなに長い時間話していられるなと思う。
香織は普段引きこもっているくせに、どこからこの話題を持ってくるのだろうか。
ワイヤレスのイヤフォンを装着し、スマートフォンで配信を再生する。
夕飯の支度をしてしまおう。
時間的に梓ちゃんもご飯を食べていくと思う。
キッチンに移動し、お米を軽くといで炊飯器にセット。
冷蔵庫から食材を取り出して慣れた手つきで作業をしていく。
最近はネットで簡単に調理法が見られて便利だ。
学生時代はほとんど料理をしなかったのだが、そんな私でも気がついたときには料理が出来るようになっていた。
今日は麻婆豆腐にしようと思う。
香織は結構辛いものが得意なのだが、梓ちゃんがどうか分からないので辛さは控えめにしておく。
……嘘をついた。
私が辛いの苦手なので、我が家はいつも辛さ控えめの味付けです。
フライパンに軽く油を引き、ニンニクとショウガ、それに長ネギを入れて炒めていく。
ある程度火が通ったら挽き肉を入れてさらに炒める。
ジューッと言う食欲をそそる音とともに、お肉とニンニクの良い匂いがしてくる。
ここに醤油を入れて塩で味を調えるだけでも十分おいしいと思う。
ただ、今日は麻婆豆腐だ。
豆板醤を入れ、さらに炒める。
醤油と鶏ガラスープのもと、水と砂糖を入れた調味液をフライパンに投入し、さっと煮立てる。
冷蔵庫から豆腐を取り出し、手の上でさいの目状に切ってフライパンに投入していく。
配信を見てコメントの管理をしながらではあるものの、料理はなれたもので、上手に出来ている。
匂いが部屋へと伝わったのだろう。
2人は今日のご飯の予想で盛り上がっている。
つぼみ『
梓『うーん、焼きそばじゃないですか?』
つぼみ『えぇ~? 焼きそばはないと思うな~』
正解は麻婆豆腐だ。
と心の中でつぶやいて、料理を再開していく。
コメント欄ではちらほら当たりがあるが、匂いも音も伝わっていないだろうから十中八九感だろう。
ある程度煮たら水溶き片栗粉を回し入れ、とろみをつける。
そこにごま油を入れて完成だ。
食べる前にもう1度軽く火を通し、青ネギを掛けて食べる。
ソファーに座ってだらだらしながら、ゆっくり配信が終わるのを待つことにする。
19時半頃、配信が終わった。
ソファーでだらだらしていると、伸びをしながら香織が扉を開けてリビングへとやってきた。
その後ろには満足そうな顔をした梓ちゃんがいる。
「ふー、疲れた!」
「お疲れ様! 梓ちゃんもお疲れ!」
「ありがとうございます」
「ご飯出来てるけど、梓ちゃん食べていくでしょ?」
「いいんですか!?」
ここで食べていかないとか言われたら逆に困っていた。
3人分作っちゃったから、私と香織2人では食べきれない。
梓ちゃんは一人暮らしで、普段はコンビニ弁当を食べているらしい。
コンビニ弁当も凄くおいしいけれど、たまにはできたてのご飯も食べてほしいなって思ったり。
「「「いただきまーす!」」」
みんなで手を合わせてご飯を食べ始める。
一口食べる。
うん、おいしく出来た!
「麻婆豆腐でしたね」
「外したか~!」
「味どう?」
「今日もおいしいよ」
「よかった」
「……なんですかこの熟年夫婦みたいなさりげないイチャイチャは」
「え?! イチャイチャしてた!?」
「自覚ないんですね……」
そんな感じで、多少の辱めを受けながらご飯を食べていく。
やっぱりみんなで食べる方がおいしいね。
「「「ごちそうさまでした!」」」
「梓ちゃんこの後どうする? 帰るの?」
「どうしましょうか……、帰ろうと思っているんですけど、11時とかになっちゃいそうです」
「泊まっていきなよ。来客用の布団はあるぞ」
私がそう言うと、梓ちゃんは少し考えるような素振りを見せた。
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
梓ちゃんが泊まることになった。
今の時間は20時15分を回ったところだ。
駅まで近いとは行っても、夜に1人で帰らせるというのは不安だ。
私は結構心配性だから。それに、梓ちゃんは可愛いから、万が一を考えてしまうのだ。
「梓ちゃん、パジャマは香織に借りてくれよ」
「香織……、あ、つぼみさんのことでしたか」
「そういえば私、ちゃんと自己紹介したことない? わかりにくいからキャラネームで呼ぼうか」
「それもそうだな」
「さて茶葉ちゃん、なんでパジャマを貸すのは私なの?」
「ねぇ! それ分かって言ってるだろ!」
明らかに私のコンプレックスをおちょくっている。
ぽかぽかと叩くが、力がないのでぽかぽかだ。
それをまるで小学生の可愛い抵抗を見ているかのような目で見つめる香織に、さらにイライラが増す。
「あはは……」
そんな私たちを見て、反応に困るといった風に、頬を少し赤くしながら苦笑いをする梓ちゃん。
……梓ちゃんがいるうちはできるだけ控えよう。
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