第9話

「ねぇ、……寝室防音しようにしないか?」

「え? なんで?」

「だ、だって、下に社員さん泊まってるのに、声が……」

「あ~、まぁ、大丈夫なんじゃない? 知らないけど」


 2人で朝ご飯を食べながらそういう話をする。

 配信の声ならオフィスフロアに響いても良いと思う。だってVTuberの事務所だから。

 でも、その、あの、……あれの声とか、気になるかなって……。


「汐ちゃんそういう所初心だよね~、かわいい!」

「いや、香織はもっと気にしろよ」

「えぇ? 響いてたら響いてたで“汐ちゃんは私のだぞ! ”ていうアピールになるから良いかな~」

「……」


 そんな感じで、朝っぱらから変な話をしてしまってすみませんでした。






「昨日は随分とお楽しみだったじゃない」

「っ!?!? え!? ちょっと!!」

「……あら、本当にお楽しみだったのね」

「え?! あ、何でもないです何でもないです!!」

「いいじゃない、仲が良いことは良いことよ!」

「ねーえ! ホントに違います!」


 められた!

 多分ふざけて言ってきたんだろうけど、朝の会話もあって動揺してしまった。

 もう、今度吸音材買いまくって貼っとく!




 朝からやる気を削がれ、どんよりとした顔で自身の席に座る。

 そして、椅子に座って目の前に広がる空き缶の山を見て、さらにやる気が削がれる。

 別に居住フロアの自分のパソコンを使って仕事をしても良いけれど、やはりこっちのオフィスに来て仕事をした方がはかどる。

 強制的にやらされている感じがしてサボれない。

 自室だとサボっちゃうから。


 とりあえず机の上を5分ほど掛けて掃除して仕事に取りかかる。

 今度撫子ちゃんが歌ってみたをやりたいらしく、その音声関連の仕事をする。

 歌配信はまだ、会社側の権利関係とかの準備的に出来ないのだが、歌動画の投稿なら出来る。

 レコード会社に問い合わせをして、音源を作り、録音をし、動画の依頼を出す又は自分で作る。

 歌ってみた1つ取っても案外やることが多かったりする。


 そんな感じで、時折頭を抱えながらも順調に仕事を進めていると、社長がこちらへ歩いてきた。

 あ、ちなみに個人チャンネルでの初配信は何事もなく無事に終わった。

 今のところ一番人気はやはり玲音ちゃんだ。

 ……ロリは人を引きつけるのか?


「……って、聞いてる?」

「え!? あ! すみません。ちょっと考え事を、えへ、えへへ……」

「まあいいわ。もう一回話すわね。今日午後から梓ちゃんオフィスで配信するから、対応よろしく」

「え? どうかしたんですか?」

「それが、パソコンが壊れちゃって配信できないらしいのよ。あ! 梓ちゃん機械音痴だから、新しいの見繕みつくろってあげて」

「えぇ? ちなみに午後からっていつからですか?」

「えっと、配信が4時頃かららしくて、早めに2時頃に来るらしいわ」

「分かりました。こっちでやっときますね」


 今はまだ11時だから時間的に余裕はある。

 ゆっくり仕事を片付けながら時間を待とう。






 昼食にカップラーメンをすすっていると、メッセージの通知がパソコンに届いた。


「ん? なんだ?」


 早速メッセージを開いてみると、どうやらその送り主は百合ちゃんらしい。


『鷹治百合 10/23 12:43

 少し配信内容に関しての相談に乗って貰いたいんだけど、時間あります?』


「大丈夫ですよ、っと」


 ずるずると麺をすすりながらそう返信すると、すぐに通話が掛けられた。


「もしもし」

『もしもし、あの、早速相談なんですけど――』


 相談内容は、メッセージがあった通り配信内容に関することだった。

 元々百合ちゃんはイチャイチャするために入ることを決意した。となると、コラボ配信は得意分野なわけだ。

 キャラ設定も生かせるし、自身の強みも生かせる。

 実際デビューからここまではコラボを事務所の中で一番して、箱推しの数を増やしてくれたと思う。


 ただ、個人配信が少ない。

 コラボ前提で入ったため、1人で何をすれば良いか分からない。

 それが今日の相談内容だ。


『食事中にごめん!』

「ああ! 気にしないで! 

 百合ちゃんは何か配信でやりたいなって思ってたりすることある?」

『うーん、雑談できたら楽しそうだなとは思うけど、話す内容がないんだよ。

 後はゲームかなぁ、でも最近ゲームやってなくて……』

「最近暇なときは何してる?」

『最近漫画にはまってて、よく読んでるかなぁ』

「じゃあ、最近面白かった漫画を紹介してみたらどうかな? 

 権利関係担当の人に相談するから、やるなら紹介したい漫画とか小説送ってくれる?」

『楽しそう!! やっぱり茶葉ちゃんに相談して正解だった! すぐ送るね~』

「んー、了解~!」






「こんにちは~」


 あれから百合ちゃんの件を他の社員さんに相談したり、元からやっていた歌ってみた関連の準備をしていたら、会社に梓ちゃんがやってきた。


 げ、もうこんな時間! と内心思いながらも、元気に「こんにちは~」と返事する。


 急いで席を立ち、入り口の方へと歩いて行く。


「随分早いけど、2時間何かやることあるの?」

「茶葉ちゃんの家に行きたい!」

「はぇ?」






「いらっしゃーい!!」

「お邪魔しまーす!」

「本当に来ちゃったよ……」


 私と香織がオフィスの上の階で住んでいると言うことは伝えてあったのだけれど、まさか行きたいと言ってくる人が現れるとは思わなかった。


「広いですね!」

「そうだよー、ここが私と汐ちゃんの愛の巣♥」

「黙れ」


 そう言って香織の頭をペシッとする。

 香織は舌を出しながら「いてーっ!」と言っている。

 なんか最近香織がアホになってきている気がする。ちょっと前まではもっとちゃんとしてたような……。

 気のせいか。


「梓ちゃんってこの後配信だよね?」

「そうです~」

「何の配信するの?」

「一応雑談ですね。家でやりたかったんですけど、パソコン壊れちゃって」

「じゃあうちでやっちゃう?!」

「え!?」

「いいんですか! 是非!!」


 目の前で突発オフコラボが始まろうとしている今、マネージャーとしての本能が呼びかける。

 これはやばい。忙しい予感がする、と。


 急いでスケジュール帳を取り出す。

 本日の予定は、午後4時から梓ちゃんの雑談配信。


「香織、5時からゲーム配信あるよ」

「大丈夫! ほら見て~」


 予定が入っていることを確認したので、香織にそれを伝えると、なぜかスマホの画面を見せてきた。




桜木つぼみ@Tsubomi_Sakuragi

 予定変更! 4時から梓ちゃんの配信に出ますよ~!




 ……もうつぶやいてる。

 こういうときだけ行動が早いんだから……。


「あのねぇ、サムネとかどうするの?」

「よろしく~」

「くたばれ」


 悲報、仕事追加。

 これがブラック企業なのか?

 取引先に振り回される感覚は、こういう感じなのだろうか……。


 そう少し憂鬱な気持ちになりながらも、内心多少の安心がある。


 ……忙しすぎてオフィスでの配信準備できてなかった。

 香織の配信部屋でやってくれるならありがたい。  

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