第3話 配信

ゲコッゲコッゲコッ


 私のスマホから鳴る蛙の目覚ましによって目が覚めた。

 隣を見ると、普段はあんなにも清楚で美人な香織が、口を開けながらあほ面で寝ているのが目に入る。

 こういう所が香織の可愛いところだ。

 思わず頬が緩むが、気にせず香織のほっぺをツンツンとして優しく起こす。


「おはよ」

「……ん、おはよ」

「よし、10時から会議だから早く起きるよ」

「は~い……」


 今の時刻は8時。

 これからご飯を食べたりとかしてたらあっという間に10時だ。

 家とオフィスが同じ建物にあるというのは、朝の時間をゆっくり取れて楽だ。

 まあ、ちゃんと社会人したことないからなんとも言えないが、朝はバタバタとしているイメージがある。


 リビングのテレビをつけて、2人で台所に立つ。

 私たちはできるだけ朝起きて、一緒にご飯を食べるというのを心がけている。

 VTuberは体が資本だ。確かに夜中まで配信して朝起きられないときはある。

 でもできるだけ一緒に食べよう。そう決めている。


 昨日の夜のうちに準備しておいた鮭のアルミホイル焼きを火に掛けながら雑談をする。


「昨日の配信はどうだった?」

「みんな楽しんでくれた」

「ていうかさ、直前になってサムネ作ってって言うの止めてくんない? 自分で作れば?」

「えー、汐ちゃんサムネ作るの上手だから。汐ちゃんにやってほしい」

「まあ今は良いけどさ、これから2期生が入ってきたりとかすると、私はそっちのマネジメント業務も入るから、そんなに香織に時間割けないよ」

「えぇ、私専属じゃないの?」

「馬鹿いってるんじゃない」

「ていうかさ、汐ちゃんも配信出てよ。やっぱり茶葉ちゃん人気なんだよ」

「えぇ、いやだ」


 茶葉ちゃんとは、香織の配信。つまり桜木つぼみの配信における私の呼び方だ。


「2期生が入ってきて、コラボで人が足りないとかあったら参加するかもね」

「アカウント作らないの? せっかくキャラもあるのに」

「まあ、私はあくまでスタッフだから」


 ごくまれに香織の配信に出没し、一緒にゲームをやることがあったため、香織は私のキャラクターを作った。

 しっかりと私の動きに合わせて動く。

 だが、私は個人のチャンネルを持っていない。あくまで裏方だ。

 裏方だから本当は配信に出たくないけど、配信者をサポートするのが私の役目だから、必要とあれば出る。


「よし、やけたぞー」

「こっちも味噌汁出来たよ」


「「いただきます」」






「じゃあ、ということで、この20人を一次審査通過者とします」


 そんなこんなで一次審査の通過者が決まった。

 二次審査は私も面接を行う。

 まずは私が面接を行い、この後に香織が面接を行う。

 本当は二人とも友達感覚で接していこうという方針だったのだが、私にそれが難しいと言うことで、私は普通に面接を。香織はコラボする前の話し合いと行った感じで接する。




「じゃあ汐ちゃん、明日配信しようね」

「じゃあって何?」

「えー、だって明日汐ちゃんの誕生日だよ? 誕生日配信しようよ」

「なんで私が配信しないとダメなんだよ」

「ぶー、ケチ!」






「はーい、どうもこんにちは、桜木つぼみと!」

「茶葉です」

「今日は茶葉ちゃんの誕生日だから、一緒に配信をしていくよー!茶葉ちゃん誕生日おめでとう!」


コメント

:おめでとう!

:茶葉ちゃん来た!!

:¥50000 茶葉ちゃんめでてぇ!

:¥4000 ケーキ食べてるぞ

:おめでとう!

:¥12000 茶葉ちゃんを俺にください

:誕生日おめでとう!

:茶葉ちゃんだあ!

:誕生日おめでとう!


「えぇ? ダメだよ。茶葉ちゃんは私のだから」

「ちょ、つぼみ!」


 そう言って私に抱きついてくる。

 抱きついてきたと思えば、私の脇を持って膝の上にのせた。


「茶葉ちゃんちっちゃいからかわいい!」

「ちょっと、やめろ!」


 つぼみは私の頭の上に顔を乗せている。

 つぼみが話すたびに頭が痛い。


コメント

:何が起きてんだ?


「んふー、今茶葉ちゃんを膝の上にのせてます」


コメント

:てぇてぇ

:¥20000 やっぱつぼ茶だよな

:¥3000 てぇてぇ

:てぇてぇ

:正妻だ

:やっぱこのコンビだわ

:てぇてぇ

:茶葉ちゃんアカウント作らないの?


「茶葉ちゃんアカウント作らないの? だってよ」

「作らない」

「えー、なんで?」

「私はあくまで裏方。表には出ない」


コメント

:ストイックだ

:レアキャラだね

:¥5000 忙しくなりそう

:¥5000 茶葉ちゃん仕事頑張って

:¥120 つぼみの管理頼みます


「おい! 私を管理するってどゆこと!?」

「うん。つぼみの管理は大変。好き勝手やるから」

「もう、茶葉ちゃんまで」


コメント

:草

:草

:¥8000 茶葉ちゃん労い代

:茶葉ちゃん大変そうだ

:忙しそう

:いつも声死んでるからな

:つぼみちゃんがいつもより楽しそうでうれしい


「ていうかさ、さっきもコメントあったけどさ、マジで事務所忙しいんだけど」

「そうだね。みんな忙しそうにしてるよね」

「あー、思い出しただけでイライラしてくる。やってらんないわ。ちょっとお酒取ってくる」

「あ、私のも取って」


コメント

:わいも飲むで

:ケーキは?


「ケーキはさっき二人で食べちゃった」


「取ってきた」


 持ってきたのはあらかじめキンキンに冷やしておいたビールだ。

 かこっ、と軽快な音を立ててプルタブを開ける。


「んぐっんぐっ、ぷはぁ! しゃあ! 宴じゃ宴!」

「飲み過ぎないでね」


コメント

:茶葉ちゃん酒飲みなの可愛い

:¥220 これがギャップってやつか

:可愛いなぁ

:茶葉ちゃんお酒弱そう


「茶葉ちゃん弱いよ。結構」

「つぼみは強いよね」

「あんま飲まないけどね」


コメント

:あー、解釈一致

:つぼみちゃん大人っぽいからね


「ぷはぁッ! 美味い! ていうかつぼみが先輩かぁ、感慨深いわ」

「そうだね。まだまだ正式には先だけどね」

「今頑張って準備してるから、期待して待っててほしい」


コメント

:マジで楽しみにしてる

:……昨日お祈りメール届いたよ

:私も

:厳しい世界

:¥20000


「ああ、そういえば一次審査終わったからね。茶葉ちゃんが悲鳴を上げながら定型文書き換えてたよ」

「あのね、マジで大変なの。膨大な量の定型文を書き換えるの。書き換え忘れるからね? 私からのメッセージだと思って心して受け取ってほしいわ」

「えー私にも自筆メッセージちょうだい」

「嫌だ」

「ケチ~」


コメント

:サインほしい

:茶葉ちゃん推し

:確かに見方によっては茶葉ちゃんからの応援メッセージじゃん

:やる気出た。

:明日から仕事頑張れます

:¥30000 給料


「給料ありがとー」

「あー、ビールうめぇ」

「さきいかと合うよね」

「私ビールがあれば生きていけるわ」

「私はいらない子?」

「……つぼみもいる」

「きゃー!」


コメント

:てぇてぇ

:てぇてぇの過剰摂取

:マイクになって2人に話しかけられたい

:↑きっしょ、でも分からなくはない

:¥7000 拝観料


「茶葉ちゃん無理しちゃダメだよ。体調崩したら悲しいから」

「ういー」

「……茶葉ちゃんもう酔ってるでしょ」

「酔ってない!」


 ……それからしばらくして、3缶のビールを飲み終えた私の体に完全にアルコールが回ってデロデロになった頃、つぼみはゆっくりと配信を切った。

 ちなみに記憶はない。

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