43 告白

「あれっ?」


(痛くない??? これ誰の血???)


足元には肩をナイフで刺され、血を流し呻いてる見知らぬ男。


「リーチェ、ボケッとすンなッ!モーヴェ家の刺客だッ!」


目の前に来たシエルが私のお腹に腕を回し、抱き抱えて一気に加速をつけて走り出す。


「え? きゃぁあっ!」


お、お腹が苦っ・・・!?


ビュンッ


何? 髪の毛の焦げたような匂い。早すぎてよく見えなかったけど、目を凝らすと空気を切り裂くような真っ赤な光線がすぐ脇をとんでる。直接当たらなくても高温の溶解炉の近くにいるかのような威力。


(ちょっとでも掠ったら真っ黒焦げじゃない??? )


シエルの腕がお腹に食い込んでキツイけどそんなことも言ってられなさそう。


飛ばしてるのは図体のデカい熊みたいな男。シエルが光線を避けるたび、森が代わりに焼けていく。男は歯茎が見えるほど口を引き攣らせ、ニタニタと薄ら笑いを浮かべていた。


(とてもじゃないけど、正気とは思えない。)


私を抱えながらだとなかなか反撃もできないだろう。何より自慢じゃないけど結構重い、と思う。でもお腹を圧迫されてる状態だとうめき声を出すのがせいぜいで、アイコンタクトをとるのもままならない。


(どうしよう。)


私の願いが通じたのか、ザッと砂の上で立ち止まる音がしてたかと思うとぎゅっと強く抱きしめられながら地面に降ろされた。目前には視界を塞ぐほどの大きな岩陰。シエルは、「ジッとしてろ。」とだけ言うと岩の上に立った。


そのままタンッと地面を蹴り空中で回転しながら大木の陰に移動し、間一髪で光線を避けていく。その後も途切れなくシエルめがけてものすごい速さで次々に飛んでくるが、その全てがギリギリのところで空中へと霧散していく。



時折岩に当たるが、ドォッーンという衝撃こそ加わるがシャランッという音が最後に聞こえるだけで爆発はしない。

(なんてことっ! 岩に防御魔法をかけながら闘うなんて。)



岩の上を見ると青く光る耳飾りが片耳分だけ落ちていた。魔力を分散させて勝てるのだろうか。そう言えばシエルは今どこ?



『銀の龍よ、捧げる焔を飲み込めよ。』


!?



抑揚をつけ唄ってるかのように響く声。「これで仕舞いだ。」と顔に煤をつけたシエルが、いつの間にか私の隣に立っていた。言葉を紡ぐシエルの瞳が、ルアナのような透明な水晶へと変わる。



(銀の龍・・・。)



銀の粉が舞い散る竜巻が湖の水を巻き込み、熊男が放つ赤い光線をブワッと吹上げ消滅させていく。男の姿が竜巻に呑まれ見えなくなった。



「こっちだ、リーチェッ!」

私の手を取りズンズンと森の奥へと入っていくシエルの逞しい背中を必死で追いかける。


(あの狂気めいた表情が恐ろしかった。)

熊みたいな大男が今にも追いかけてくるのではと気が気ではない。途中緊張で汗が滲み足がもつれながらも、シエルの暖かな手に引かれながら何とか歩いて行く。しばらく歩き、威力の強い竜巻に巻き込まれた男たちの悲鳴が小さくなった頃、シエルが立ち止まった。


「少し休むか?」



「は?」


シエルが指差した先は、洞窟の前に黄金の草が敷き詰められ奥まで続いているみたいだった。

(これ、どう見ても魔獣の棲家じゃないの???)



「ここは何年も前にオレが仕留めた魔獣の古ぃ棲家で、今は空だ。」


シエルは草の上を歩きながら、ポスンッとその上に座った。奥の方を見ても、生き物の気配は感じない。私も隣に腰掛けると、バウンドするような弾力で座り心地は悪くない。



胸に手を当てるとドクドクドクとしていた鼓動が少しずつ落ち着きを取り戻している。まだ息は乱れていたけど、ここで一息つけそうかも。



隣に座るシエルに、先ほどからずっと気になっていたことを聞く。

「どうしてさっき私に謝ったの?」


「ん?だって、リーチェは人が傷つくの見るの嫌だろ?」


(そんな理由??? てっきり私を殺すのを謝ってるかと勘違いしちゃったじゃない。)


「そんな事気にしてたの?」


「そんな事って、オレはリーチェの体も心も全部守りてぇンだ。」


「何かその言い方、誤解するわ。」

(時々、シエルが本気で私のことを好きなのではと勘違いしてしまいそうになる。)


「誤解して欲しいんだけど?」


ガサッと音がして、シエルがこちらに身を乗り出し真剣な顔で私を見てる。片手を地面に預けながらもう片方の腕を伸ばして、シエルの大きな手が私の腰を抱いた。魔道騎士のターコイズブルーの片耳だけの耳飾りが、絹のように滑らかな肌を彩っている。


艶々の紺碧の髪が長いまつ毛にかかり、切なげに揺れる紫水晶の瞳をさらに美しく見せていた。今まで他人事として見ていたこんな色気ダダ漏れの姿。



知らなかったわ。いざ自分に向かうと腰が抜けそう。


「シエルは・・・私を好きなの?」


「オレが好きじゃない女性をそんな簡単に腕に抱くような軽薄な奴に見える?」


「それは、、、見えない。と言うか、シエルはずっと聖女のノワール様を好きだと思ってたし。」


「ハァ~、誤解は解いたと思ってたンだが。」

ガシガシと頭を手でかくと、耳飾りがシャリンッとだけ鳴った。


「そもそも家同士の契約結婚で、今、一緒にいてくれるだけじゃないの?」


「契約、、、。リーチェを守るっつー契約だ。」


「え?」


「お前の親父は、娘が婚約破棄されたからってオレに泣きつくような人じゃねぇ。」


「それは、、、言われてみればそう、、かも。父上はそんな図々しくないとは思う。」

私の結婚も無理に急がせたことはなかったし。妃候補の話も、ローラン王子からどうしてもと望まれたからだ。


「熱烈な申し出があればそれに応えるかもしれないけど・・・。」

(まさか!?)


「オレ自身が強く望んだ。何があってもリーチェを守るという約束で。」


「どうして!?」


シエルが私の手を取る。大きな騎士の手なのに、ツルツルの肌に白くて長い指で私の指先をそっと掴み、優しいキスを落とした。


まっすぐと私の瞳を見つめ、星空のような声で囁く。


「オレとのことまじめに考えて。リーチェが望むなら、形だけの結婚でも我慢する。でももし、本当の夫婦になっていいと言ってくれるなら、オレは嬉しい。」



シエルが私を好き?? シエルとの結婚はずっと危険だと思っていたのに、逆に私は守られていたの???



戸惑い無言になる私に、シエルは妖しい笑みを浮かべて、そのまま私の首元に顔を埋めて言った。


「リーチェのことがどうしようもなく好きだ。」





ふひゃぁっ!!!!

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