44 悪魔の正体

シエルのサラサラの髪が頬をくすぐり、息遣いがうなじに伝わる。私の首元に顔を埋めたまま、「返事は待つから。」とか甘い言葉を囁く。全身が熱くなりジンジンと体の奥が痺れ、力が抜けてそのまま金の草の上に上体が倒れてしまいそうだ。なのに私の腰を支えるシエルの手がビクともしない。


(こんなシエル、見たことないっ!と言うか、これって相当恥ずかしすぎる体勢では??)




「シ、シエル・・・、分かった。まじめに考えるから。」


腰に置かれた手と引き締まった体の間に挟まれ、互いの体をそのまま感じてしまう距離。その熱だけでなく、どうしても異性だと分かってしまう身体つきの違いも。


(シエルの色香にあてられ頭がクラクラしそう。)


私の首に顔を埋めたまま「うん。」とだけ言って、そのまま左右に擦った。まるで首元にキスの嵐が降ってるかのような動きに思わずシエルの肌に爪を立ててしまった。



「やぁんっ。」





・・・!?・・・。変な声、恥ずかしい。くすぐったいようなとろけるような未知の感覚に、羞恥が襲ってくる。それにいつも生意気なシエルがこんな時だけ素直でズルいっ!


戸惑いと色気の過剰摂取で腑抜けになる私のうなじに、シエルはチュッと唇を当て頭を起こした。熱の灯った瞳で私を見るシエルに「わ、私にシエルの鼻水つけないでっ。」と吊り目の目で睨む。


シエルはクスッと笑って、また「うん。」とだけ返した。


その時洞窟の入口から一筋の風が首元を吹き抜ける感触に見上げると、パタパタッと音とともにやって来たのは・・・。どうやら赤茶混じりの金色の羽を持つ小鳥が洞窟に迷い込んできたようだ。


「ちっちゃくて可愛い。」

握り拳くらいの大きさで宙を飛び回ってる。


美しい羽を持つ小さな鳥に対して、シエルは「チッ。」と舌打ちをして不機嫌そうな顔をした。


小鳥がシエルの頭の上に止まり「ふざけてンじゃねぇ。」と手で追い払おうとすると、スルリとかわし飛んできたのは私の太ももの上。


「あぁ???」

シエルはギロリと鋭い目で小鳥を睨んでいるけど、こんなに可愛いのに。


私は太ももの上に止まった小鳥を両手で囲い、お腹の方へ引き寄せようとズズズーと両手をゆっくりと動かしていく。


「まっ、待てッ!」


「ん?」

何やら顔を赤らめてすごい焦ってる。伸ばしかけた手が空中で止まってる。


「その鳥の首に掛けてあるガラスの玉、それで全部見られてる。」


「へっ?」

見ると、小鳥の首に紐で水色のガラスに球が括り付けられていた。


(見られてるって誰に???)


「おいっ、さっさと姿を現せっ。」

シエルの声に呼応するようにガラスの玉に浮き出てきたのはなぜか人影???


(この人はまさかっ!)


真っ赤で柔らかそうな髪のイケメンチャラ男??? 悪魔と呼んでとか言ってた変わった人。


『やあ、2人の逃避行はどんな感じだい? リーチェ、シエルに襲われなかった?』


(どういうこと?? シエルの知り合い???)


あぐらで座ったシエルが頬杖をつくと、片耳だけを飾るターコイズが耳に心地よい音を洞窟中に響かせた。シエルは驚いた様子もなく苦々しげな顔で眉を顰め、ガラス玉の中を睨んでる。


「襲ってはねぇ。だが口付けもしたし、抱いたし、お互いに全てを見せ合ったな。」



「は?」

いや、確かに手に口付けされたし、熊男から逃げる時とか腕にずっと抱かれたままだったし、ハプニングで裸も見られてしまったけど・・・!!!


(そんな誤解を招くような言い方っ!!)


『ハハハッ、それは妬けてしまうな。でもリーチェの方は、心当たりが全然ないようだけどね。』

男はエメラルドグリーンの瞳を細めて楽しそうに笑った。


「っせぇ。それより、そっちは今どんな状況だ。」


『そうだね。そろそろ準備が整ってきたかな。こちらに部屋を準備しておくから戻っておいで。』


背もたれに寄りかかりながら、長い足を組んだ。


(準備って何? この人は誰? シエルと随分親しげだわ。)



「・・・もうちょっと2人きりでいたかったンだがな。」

シエルがポソリとこぼした時、男がニコッと微笑みを私に向けた。


『リーチェ、見舞いに行けなくて悪かったね。』


「見舞い?」


『君が飲んだ紅茶のカップに、微量だけど悪夢を見る魔毒が塗られていた。気づいてあげられなくてごめん。』


(紅茶のカップに魔毒??? それって・・・。)


ローラン王子の部屋で飲んた苦い味の紅茶を思い出す。それを飲んだ後、私は倒れてしまった。婚約破棄されたタイミングだったからそのショックかと思っていたのに。


ガラス玉に映る男の姿から目が離せなかった。


「ローランッ、いつまでリーチェの足の上にその鳥を置いてンだッ!ったく、不埒な野郎だ。」



『ふふっ、シエルがヤキモチ妬くほどゾッコンになる女性なんて君ぐらいだよ。』


真っ赤だった髪の毛が、徐々に赤毛混じりの金髪へと変わる。悪魔と名乗る男と雰囲気がガラリと変わり、目の前には上品で知的な感じの男性が映っていた。


「ローラン王子???」

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