38 初めてのお泊まり
「とにかく、そーいうことだから、お前がベッド使え。オレは床に寝っから。」
シエルはそう言うと、入り口近くの床にトスンッと胡座をかいて座った。暖かい季節とはいえ、硬い床の上では疲れも取れないだろう。
「シエル、あなたも今日はベッドに寝るのよ?」
ブランケットを傍に退けて、靴を脱いでベッドに腰掛けながら声をかけた。
「オレは床でいいっつったろ?」
「いくらシエルでも、助けてくれた恩人を床に寝せるのは、私の仁義に反するのよっ!」
「じんぎ??? どーいう意味だ???」
「どーいうって・・・。」
(あー、時代劇のセリフが体に染み渡っているわ。)
なぜだか無性に深呼吸したい気分になり、スーッと胸にたくさんの空気を吸い込む。もう難しいことなんて何も考えたくないっ!
難しい顔をしていたシエルがボソッとこぼした。
「じゃ、お前が床に寝るか?」
はぁあ? こいつっ!
枕を掴み、シエルに向かって投げたらポスッと空気の抜けた音がした。
「こんなか弱い女の子を床に寝せるって、あんたの心は氷でできてるわけっ?」
ムカつくわっ!せっかく人が一緒に寝ようって言ってるのにっ!
「いや、むしろ、一緒に寝たらお前に悪いと思って言ってンだが。」
なによ、そんなにポッと乙女みたいに頬を赤く染めて可愛らしく言ってっ!
「失礼ね、私はそんなに寝相は悪くないわよっ!」
(多分・・・。)
「あ?そーじゃなくて、一応お前も女だし・・・。」
あら意外、一応気を遣ってくれてる?
「意味不明っ!大丈夫よ。」
「何が?」
「シエルは大根、シエルはジャガイモ、あ、カボチャかも。」
「・・・心の声が漏れ出てンぞ。」
あぐらで床に座ったまま、頬杖をついて呆れたようにジトーとした目で私を見る。
「とにかく、心配しないでっ!」
「それ、オレがお前に言う言葉じゃねぇか。」
「いちいちうるさいわねっ!私眠くなったからもう寝るわ。はい、シエルはこっち側ね。」
(あー言えばこう言うっ! 寝るだけなんだからウダウダ言わないで欲しいわ。)
私は、ポンポンッとベッドを叩いて、早く寝ましょとシエルを催促する。
「・・・どうなっても知らねぇからな。」
そう言って立ち上がると、パスンッとベッドに腰掛けてから、ゴロリとベッドの端っこに寝っ転がった。
窓からの月明かりだけで、部屋の中は薄暗い。シエルとおしゃべりしてる時は大丈夫だったのに、シンッとした部屋の中にいると改めて今日殺されかけた恐怖が思い出された。
シエルの息遣いだけが聞こえてくる。少し動くだけでギーッと音が鳴るベッドで、シエルはさっきからまったく動かない。
せめて今日だけでも、誰かにそばにいて欲しい。私は心の中で、シエルと休戦協定を勝手に結ばせてもらった。
「ねー、心細いから、もうシエルでもカボチャでも何でもいい。今日はギュッとして一緒に寝てね。」
ゴニョゴニョしながらシエルに近寄り、大きな背中に抱きつこうと腕を伸ばす。
「は?いや、待っ・・・!!!」
さっきまでビクともしなかったくせに、急にあたふたと焦って上体を起こした。
(なんだ、やっぱり起きてたんじゃないの。)
!?
「や、止めてっ、シエルっ!」
(身動きできないっ!)
必死で抵抗するが、騎士として鍛えた力には敵わない。片腕で私の両手首をあっという間に掴んだかと思うと、足もいつの間にか絡め取られたみたいだ。
「お願いっ、放してっ!」
懇願しながら、バタバタしようとしても腕と足を押さえつけられ、辛うじて息ができる程度だ。
「シエル・・・。」
私の抵抗も虚しく、上に掛けていたブランケットで全身を覆われ、あっという間にグルグル巻きにされてしまった。
シエルはフーッと息を吐くと、またポスンッとベッドの端に顔を背けて寝っ転がった。
「ちょっとシエルッ!解いてよ!これじゃ身動きできないじゃない!」
いくら私でも、寝てる間に蹴っ飛ばすとかそこまで寝相は酷くないわ。
「ハァッ~~~。」
大げさにため息をつきながら、私の言葉にもコチラを見ようともしない。
「もう、シエルのバカっ!可愛い乙女が一緒に寝てって言ってるのにこんな仕打ちある?」
「オレの方が今、拷問に近い苦痛を受けてンだけど。」
どこからどう見ても身動きできない私の方が苦しいのに、シエルはとても辛そうな声を出した。
ピンッときてしまった。
イケメンであるほど、女性から積極的に来られるのが苦手説。
「やっぱりソウなのねっ! シエルが苦手なこと、気づいちゃった!」
これは思わぬ収穫かも! いざという時役に立つかもしれない。
「何を勘違いしてんだか知ンねーけど、元気そうで何よりだ。」
そう言ってシエルは、ブランケットを頭から被り寝てしまった。
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