37 聖女はもはやいない


「えっ?」

(私を守るため? )


だってルアナと会ったのは随分前よ。その頃からシエルは私を守っていたと言うの???


「ローランも・・・まあ、その、あれだ。敵の裏をかくっつーやつだ。」


混乱する頭がさらに混乱してしまう。

ローラン王子の話題をなぜ今?

背の高いシエルを見上げるとなぜか少しドギマギした様子でぎこちない。


(そう言えばさっきふらついた時からずっとシエルの腕の中だった。)


たくましい腕が腰のところをガッチリと支え、まるで抱きしめられてるみたいだ。なのに恥ずかしがるよりも先にシエルの意外な言葉に口がポカンと開いてしまう。


「ローランは本当はお前を捕えようとはしてねぇ・・・。ただお前を保護しようとしてただけだ。」


(保護? だってゲームの世界で私が殺されることなんて知ってるはずはないじゃない。)

「私を何から守るっていうのよ。」


「何って、その場にはお前を本気で殺そうとしているノワールがいたからな。」


「でも、私はもう妃候補でも何でもないわよ。」


「それもあるが、これは別の話だ。あの広場のスクリーン。あれが映し出す人物をノワールは探してた。」



あの”日本”の映像!? 結構ところどころツッコミどころ満載の雑なラインナップだったわ。


「映像が映し出す人物って何者なの?」


シエルの顔つきが急に厳しいものになった。ガリリッと唇を噛み締めた時の音が聞こえ、言い出しづらそうに長いまつ毛を伏せた。


「・・・希少獣を引き寄せる魔力。そして瘴気を発生させない魔力をもつ者。」


「はっ?」

そんな魔力、聞いたこともない。私、今、眉が寄って相当怪訝な顔付きになってると思う。


「ノワールとモーヴェ家は密猟に手を染めている。」


「密猟って重犯罪じゃない!? 」

私の腰を掴むシエルの手にグッと力が入り、真剣な表情で私の顔を覗き込んだ。


「そいつらが、喉から手が出るほど欲しい能力だそうだ。」


「それが私と何に関係が?」


「その映像が映し出す魔力持ちってのが・・。」と言葉を切りその後を続けるのを迷うかのように言い淀んだ。1度ゴクリと喉を鳴らした後、「ローランがその人物はお前だと言ってた。」と心配そうに私を見た。


「私??? 何を根拠に???」

誰か別の人と間違えてるんじゃないかしら?


なのに一瞬頭によぎってしまったのは、スクリーンに釘付けになっていた時に声を掛けてきた『悪魔』と名乗るチャラいイケメンの姿。


「ノワールは、その魔力を奪うために、その人物を見つけ次第殺して・・・血を抜き取る気だ。」


ザワッとした感覚が肌をなぞる。罪のない動物たちをカネ儲けのためだけに殺すだけでも信じられないのに。それだけでは飽き足らず生きてる人の血を抜き取る???


「わざわざ殺してまで血を抜く・・・。」

思わず肩がすくみ、自分で自分の体を抱きしめるように腕をクロスし指先に力を込めた。なんて恐ろしいことをっ。


そんな私に、シエルが少し迷うようにしながらも背中に軽く手を触れた。私が抵抗しないのを確かめるように、大きくて暖かな手がゆっくりと背中を撫でてくれる。息をスーハースーハーしながら心を落ち着かせようとしても、ザワザワとなかなか胸騒ぎがおさまらない。



「あいつはもう聖女でも何でもねぇ。最近城の周りに瘴気が大量に出没してンのも、あいつらの密猟が原因だ。」


「そんなっ!」


とうとう両手で口を押さえて言葉を失う私を、シエルはゆっくりとエスコートしながら椅子に座らせた。自分は床に片膝をつき、私の顔を見上げて肩をポンポンと優しく触る。シエルの両耳でシャリリーンッと揺れている耳飾りの音が荒れた心を少しずつ宥めてくれるように感じる。


「必ずローランが、ノワールらの密猟の証拠を見つけて捕えっから。」

まるで私がシエルのただ1人のお姫様であるかのように、跪き力強く断言する姿はどこからどう見ても1人の立派な騎士。普段と違う距離感に歯痒さが募る。

(なんか胸の奥がムズムズする。)




それにしてもローラン王子は、全て知ってノワール様を妃候補にしたのだろうか。知らない間に、相当大変なことに巻き込まれていたようだ。


「ローランは今回の事件を機に、ウミを全て出し切る覚悟だ。ノワールらは狡猾だからな。」


と言うことは、前の世界で私を殺したのはノワール様?? じゃあ、シエルじゃない???


ふわりと手が温かいものに包まれ、顔を向けるとシエルが私の手を取りジッとこちらを見つめていた。

「それまではここでお前のことはオレが守る。」


「それまではって、ここにシエルと2人きりで暮らすと言うこと??」


「不満か?」



不満とかいう問題じゃない。私は前の世界で、ミラリアの建国記念日の日に殺されてしまった。それはいったい誰にだったのだろう。


これまでの話だとノワール様の可能性が高い。とはいえ、その日が来るまでは油断できない。ノワール様からも自分の身を守り、シエルからも建国記念日の日まではとりあえず身を守ろう。



「いいわっ、その挑戦受けてたつ!」

私は自分を奮い立たせ、キッとシエルを睨みつけた。とにもかくにも建国記念日を乗り切るっ!


「は?何の挑戦???」


「私、ぜったいにシエルに負けないっ!」

内側からフツフツと熱いものが湧いてくるみたい。逆境があると燃えてくるのよ。




「いや、何と闘ってンだよ。」

ため息をつくシエルを横目に、私は密かに心を燃やしていた。

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