第五章 シエルとの逃避行
36 ルアナの正体
「ねえ、ルアナっ、今晩は心細いから一緒に寝てくれる???」
そう言ってモフモフした背中に顔を埋めた。
(あったかいっ。)
頬を擦るように顔をグリグリと動かして甘えた仕草をしていると、ルアナがビクッと動いた。
「ん?どうかした?」
顔を上げると、その姿はうなだれていてどこか元気がない。疲れてしまったのだろうか。
「助けてくれてありがとう。」
話しかけても先ほどからうなだれたままピクリとも動かなくなってしまった。さすがに様子がおかしい。背中を撫でていた手をお腹の方にまで伸ばす勢いでグルリと腕を回す。
(ルアナの体が熱いわ。)
ルアナの背中にピトリと頬を寄せつつも、心配でたまらずつい抱きつく腕の力が強まってしまう。
「休みたいなら休んでいいのよ。私がずっとそばでお世話するね。」
そう言って背中に軽くチュッとした時だった。
突然、小屋の中で舞い上がったのは大量の銀の粉。そしてまばゆい光がルアナの体を包み込むように現れ、
『ピシャーーーーーーーーーーン』と水音が反響するような音がした。
(ん?すべすべ?? 毛がない??? )
頬に触れる感触の変化・・・。ふわッとした毛に覆われていたルアナの体が、急にしなやかではあるけれどたくましい筋肉質な体へと変わった。
「は? えっ?はぁああああああああああああっ???」
すぐには状況をのみこめず、腰を抜かしあろうことかその場にペタンッと座り込んでしまった。
目の前には見慣れたシルエット。
シエルは後ろから見てもわかるほど耳まで真っ赤にして、力なく立ち尽くしている。
(裸??? 何が起こったの?)
微妙な空気の中、シエルは躊躇うようにゆっくりと私の方へと振り返った。令嬢らしからぬ私の叫び声にも無言で、不安めいた瞳でただ私を見つめている。
「え、ちょっと、ルアナは? 今の今までココに・・・。」
「・・・。」
ルアナの水晶のような瞳が、目の前の透き通るようなアメジストの瞳と重なる。
「嘘・・・でしょ!? 」
赤く染まった頬のまま、フーとひと息吐き出すシエルの様子はなぜか切なげだ。そして紺碧の艶々した髪の毛をガシガシと手で引っ掻いたあと、一言ポツリと呟いた。
「オレがルアナだ・・・。」
長いまつ毛を伏せ、形の良い唇を引き結んだ。
「あの可愛いルアナが??? 一緒にいるだけで癒される私の心の友のルアナが、口の悪いあんたなの???」
「口が悪いは、一言余計だ。」
ルアナがシエル??? 確かにルアナがもし人だったら、シエルみたいかもと思ったことはあったけれど・・・。
と言うことは、私はさっきまで上半身裸のシエルに抱きついてその背中に顔を埋めていたわけ???
今まで自分がルアナの前でしてきた事が走馬灯のように浮かんでくる。シュミーズ1枚の肌着姿で抱きついたことまで思い出し、あまりの恥ずかしさに八つ当たり気味に怒鳴る。
「しかも何で上半身だけ裸なのよっ?」
「元の格好がこれだっただけだ。」
「もうっ、今すぐ服着てよっ!」
ポスッポスッと置いてあったクッションを、シエルに投げつけた。
「無理言うなよ。ねーもんはねーよっ。」
そう言いながらも、シエルは部屋を見回すと、ベッドから小さな青いブランケットを1枚手に取った。そしてそれを肩から羽織り、端を器用に結んで服のように加工した。
シエルは昔から器用だった。令嬢のマナー教育として求められる裁縫とか、きっとそつなくこなすんだろうな。私は不器用すぎて苦手だったけど。
「すごいね。」
素直な感想が口をついた。
「騎士として遠征に行けば、何日間か屋敷に帰れねぇこともザラだからな。」
そう言って床に座り込んでしまった私に長身の腰を折り曲げ、騎士の見本のような綺麗な仕草で手を差し出す。そして白くて長い指先で労るように私の手を掴んだシエルの顔は、はにかむように眉を下げ笑んでいた。
「どうして?」
手を取り立ち上がると、思ったより足元がフラつき、シエルがもう片方の手で私の腰を支えてくれた。
(なぜユニコーンの姿だったの?)
「・・・お前を守りたかったと言えば信じるか?」
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