33 新米魔道騎士
全治2週間。
リーチェの父親が目立つ傷を魔法で癒したから、体に傷跡は残らないということだった。
病院のベッドにいたリーチェは、痛々しかった。あちこちにグルグルとたくさんの包帯が巻かれていた腕や足だけでなく、特に目立つのは細かいたくさんの傷がついた顔。
「ごめんね。」
僕は涙がこぼれそうになるのを必死で耐えた。ギュッと拳を握り唇を噛んで、『泣くなっ、泣くなっ』と自分に言い聞かせる。
「シエルのせいじゃないわ。」
ベッドから手を伸ばし、そっと僕の手を包み込んで優しくふんわりと笑う。
「僕のせいだ。僕がリーチェの言うこと聞かなかったからっ!」
どうして僕はいつもこうなんだ? 守りたいと思う人を、守るどころか危険に晒してッ!魔力がどんなにあっても役になんて立たないじゃないかッ!
(どうして僕はこんなに弱い?)
「誰だって事故に巻き込まれることはあるでしょ。私が自分でシエルを助けたかっただけだものっ!」
リーチェは僕を責めない。握られた手から伝わる温かさに、頑なな僕の心が溶けていくようだった。視界が一気ににじみ、ポトリッと一粒の涙が床へと落ちていった。一度流れてしまうと、ポトリッポトリッと、とめどなく流れ出て止められなかった。
「泣き虫っ!」
ハッキリとした明るい声が響いた。
「だって、僕のせいだ。僕が・・・。」
「メソメソしすぎっ!こっち見て、シエル!」
クイクイッと僕の手を引くリーチェに応えたくて、反対側の腕で涙を拭う。滲んだ視界で目の前を見ると、口の中に何かがスルリと入れられ、甘酸っぱい果汁が口の中に広がった。
「イチゴよ。」
驚きで涙が止まった僕に、リーチェがカゴの中に山盛りになっていた真っ赤な野いちごを差し出す。
「どちらがたくさん食べることができるか、今から競争ね!」
そう言って小さくて細い指で野いちごを摘むと、パクリッと口に含み『美味しい〜』と嬉しそうに叫んだ。目をぎゅうっと閉じて、口の中をほうばった野いちごで一杯にしている。
リーチェはパチッと目を開けると、「シエル、早く食べないと私1人で全部たべちゃうんだからっ!」とまた僕の口に1粒放り込んだ。
(そう言えばリーチェのことが心配で飲み水さえろくに摂ってなかったな。)
ジュワリと口の中に広がる水分が、縮こまっていた喉に染み渡るように潤いを届けてくれる。ゆっくり噛み砕いて飲み込んだ僕は、今度は自分でカゴから野いちごを摘みパクリと口に入れてみた。
「美味しい・・・。」
「でしょ?だからどちらがたくさん食べるか勝負ね!」
勝負とか言いながら、数なんて全く数えてもいない。リーチェのことだから『美味しいもの食べれば元気になる』って思ってるのかもしれない。
それに・・・。
僕は目の前で、アムッと口にたくさん含んで頬を膨らませてるリーチェを見る。
わざと変な顔して僕のこと笑わせたいんでしょ? でも僕は、リーチェが何やってもどんな顔でも可愛いとしか思えない。
(それぐらい、好きになってしまったんだけどな。)
「・・・おせっかいリーチェ。」
「ふふふっ、私そうやってイジワル言ってるシエルが好きよっ!」
「えっ?」
ほんとっ?と、目をパチクリしてつい質問を重ねてしまった。そして楽しそうに赤い唇を綻ばせるリーチェをじぃぃぃっと見てしまう。
「じゃあ、大きくなったら僕と結婚してくれる?」
ドキドキしながら答えを待つ。勢いで言っちゃったけど、やっぱり言わなきゃよかったかな。でも、結婚したいのはほんとだし。
「えーー! ちょっと気が早いんじゃない? 先のことなんて分からない。でも、シエルの泣き虫が直ったら考えてもいいかなー!」
「ほんとっ?」
僕は嬉しさで大きな声で叫んでしまった。飛び上がりたいほど嬉しくて、病室の中じゃなければ跳ねていたかもしれなかった。
「へっ、うん、、、」
僕の突然の叫び声に、リーチェは呆気にとられてたけど。
◇ ◇ ◇
「まだ脇が甘いぞ!」
ビュンッと音がしたかと思うと、あっという間に背中を取られ、『ドガァッンッ』とすごい衝撃とともに地面に倒された。蹴られてもいなければ殴られてもいねぇ。
(いってぇっ、見ると親父の人差し指に魔文字が浮き出ている。)
「うぅわっ!ずりぃっ!」
「なぁに、最小限の労力で闘うのは、戦闘の基本中の基本だ。どんな手を使っても相手を仕留めるんだ。ズルいも何もあるか?」
「体作りのための剣の稽古っつったのは、そっちじゃねぇか。」
オレは地面からピョンッと起き上がると、初めて親父に貰った剣を手に構え直す。魔獣を相手にするときの身長ほどの長さのある剣とは違う。1mにもならねぇぐらいのこの大きさの剣は、今のオレの手にちょうどよく馴染む。
(浅いドラゴンの透かし彫り・・・。)
幅広な両刃の剣身に鮮やかにその存在を主張するが、これは単なる飾りじゃねぇ。極限まで軽量化するための意匠だ。十字の柄の頭には銀の装飾がなされ、代々ソルシィエ家の魔道騎士が最初に持つ剣とされている。
手のひらに剣のへりを合わせ、親指を立てて剣の峰に沿わせると、まずは一気に親父の間合いへと詰めた。
腹めがけてそのまま剣で切り掛かると、親父は一歩後退し攻撃を避けながら、手首を狙い剣を叩き落とそうとしてきた。
(あ、あっぶねっ!!!)。
すかさずまた間合いを詰め、柄を支える親指を反対側にスライドさせ、剣の裏刃で切り返す。
(これならどうだ?)
親父の剣でその動きを寸前で止められ、逆に剣を握る手に刃が当たった時の衝撃で芯まで貫くような痺れが走った。
(しまっ・・!)
「ほらっ、こんなんじゃお前の強大な魔力も宝の持ち腐れだ。」
ズダァッンッ!!!
そのまま押し返されるように跳ね返され、オレはみっともなく尻餅をついた。
(オレの中で、まだ魔力が体力を奪い続けている。いつまで経っても反転しねぇじゃねぇか。)
これまでの魔道騎士は皆、オレぐらいの年で、魔力は安定していた。それなのにオレの場合は、いつまで経っても膨大な魔力が体に馴染まなかった。親父は『お前の魔力は規格外だから』と言ってたけど、心は焦る。
(もしかして、一生このままなんじゃ?)
「親父ッ、もう一回だッ!」
(もっとだっ!オレは強くなってやる。今度こそ、どんな時でもリーチェを危険から守るために。)
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