34 ローラン王子
年頃になりリーチェはますます綺麗になった。腰まで伸びた銀の髪は歩くたびにサラサラと流れ落ち、白く長い手足と、アンバランスに豊かな胸は色っぽさも感じさせた。
何より表情豊かな鮮やかな夕焼けのような色をした瞳が、どれほど見ても飽きることがないくらいオレは好きだった。そして花が咲いたように笑うリーチェの笑顔も。『残念令嬢』なんて噂も一部あったが、それでもリーチェの可憐さに恋文が絶えなかったことをオレは知ってる。
この国では貴族は17才で正式に求婚できる。だからこそ、幼い時のあの日からずっと心に決めていたプロポーズ。
◇ ◇ ◇
「は?嘘だろッ?」
いつものようにソルシィエ家の演習場で稽古をしていた時、使用人たちが噂しているのが聞こえた。
(リーチェがローランの妃候補???)
貴族は17才だが、王族だけ婚姻が16才から認められている。まあ、王族の特権ってやつだ。リーチェは16才になったその日、ローラン王子の正式な妃候補となった。
「ローランがなぜリーチェを???」
リーチェは社交界にもほとんど出ず、ローランとの接触もほとんどなかったはずだ。確かにローズ家の家格は妃候補としては申し分ねぇ。でもどうしてよりにもよって『残念令嬢』なんて呼ばれてるリーチェ???
頭が混乱し稽古場の真ん中に突っ立ってると、ガサゴソッと窓から人が入ってくる気配がした。窓の方へ振り向く余裕もなく、剣を握る手にも力が入らねぇ。
呆けてるオレのそばを通り過ぎ、まるで自分ン家かのようにゆったりと稽古場の一番奥へと歩いていく。真っ赤でふわふわした頭に水色のラフなシャツを着ているそいつは、悪びれることもなく椅子に腰掛け長い足を組んだ。
「シエル、君、何だかポケッとしているようだったけど、稽古は終わったのかい?」
「今日はやる気が出ねぇ。」
胸に何かがつっかえてるようだ。開いた窓から入り込む風で耳飾りの音だけが稽古場の中で鳴り響いてる。
そいつは目を細めて気持ちよさそうに風を受け、「じゃ、一緒に休むかい?」と端正な顔に笑みを浮かべた。
「ローランッ、てめぇ、また変装してこんなとこまで来やがって、いいかげん王族の仕事しやがれっ。」
「これも社会勉強だよ。」
『冬』の家系は、代々魔獣を仕留めることだけを生業としてきたわけではない。王族が遠征する時などは特に、王族を影から守る護衛騎士も兼ねてきた。大っぴらにはできねぇから、ローランはオレのとこに来る時はこうやって変装していることが多かった。
「ったく、単なる好奇心じゃねぇか。」
(随分機嫌が良さそうだ。)
普段は聡明さを伺わせる切れ長の瞳が、今は殊のほか優しい眼差しで窓の外の景色を眺めている。
「何だか珍しいね。」
ポツリと呟いたローランの視線の先を見ると、ターコイズの腕輪からポコンッポコンッと水泡が現れては割れて散っていた。
ブレた自分の意識を水泡に注ぎ直すと、足元に深い藍の鏡のような水溜まりが広がっていく。過剰な魔力をなだめながら、自分自身に「落ち着け」と言い聞かせた。
「・・・それより、なンでリーチェ・ブランカ・ローズが妃候補なんてことになってンだ? てめぇとリーチェの間に親交があったとは初耳なンだが。」
「耳が早いね。彼女、城での催し物にはあまり来ないけど、来たときはずっとシエルといるだろ。それで顔は知ってたんだ。」
「は?」
(オレが接点か?)
「それで君がいない時は、必ずと言っていいほど『虹の泉』で1人で何やら美味しそうなもの食べて鼻歌を歌ってるから興味をそそられてね。結婚なんて考えていなかったけど、もし結婚しないといけないなら、彼女がいいなって。」
「・・・。」
ただの噂だったら、なんて針の穴にも縋りてぇくらいだったのに、当人から聞いちまうとダメージが半端ねぇ。ローランは親友だ。だからってリーチェを諦められるわけがない。
(そう言えばオレ、リーチェにちゃんと自分の気持ち伝えてなかったな。)
ゴゴゴゴゴォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!
「ちょっ、ちょっとっ、シエルッ!」
(いけねっ、ボーッとしてた。)
ふと意識が飛んだ瞬間に放出してたのは、銀の粉を撒き散らす竜巻。ローラン自身の青く冷たい炎が天井に広がりガードしてなかったら間違いなくもっと巻き込んじまってた。
ローランを転倒させねぇよう、静かに降ろしていく。
「・・・ごめん。」
ストンッと降り立ったローランは、乱れた髪を手櫛で整えながら緑碧の瞳を見開いた。
「まさかとは思うけど、シエルが一途に思い続けてる女性って彼女のことだったのかい?」
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