31 ビオーチェの丘で幼馴染と

ビオーチェの丘は、春の一時期、その名の通りビオーチェの花々で埋め尽くされる。一面がホワイトゴールドになり、むせかえるほどに濃厚な花の甘いバニラのような香り。


そんなホワイトゴールドの花畑の中で、ある春の昼下がり、1人の幼い少年が擦りむいた膝を抱えて泣いていた。


「グスッ・・・グスッ・・・。」

色白で痩せた体の少年は、夜露に濡れたような髪の毛で自らの顔を覆い先ほどからずっと俯いたままだ。

そこへ、頭の高い位置で銀の髪をポニーテールに結んだ可愛らしい少女が、大きなバスケットを抱えて少年の方へと歩いていく。少女の水色の靴が花畑を踏みしめるたびに、ビオーチェの花の下でシャンシャンと鈴のような音が鳴った。



少女は、ボスンッとバスケットを少年の前に置き、明るく鮮やかな赤紫色の瞳を吊り上げ凛とした声を上げた。


「シエルッ、また転んだの?」


「・・・ングッングッ・・・・。」

膝の間に顔を埋めて、グズグズと泣き止む様子はない。


「今度はどうしたの?」



小さな手がぎゅっとなり、背中がもっと丸くなっていく。「また転んだ。」と小さな声だけが口から出た。

(こんなんじゃ、リーチェだってきっと僕を嫌いになる・・・。)


せっかく一緒に遊びに来たのに、また何も無いところで転んだ。この前なんか自分で自分の足に引っかかって派手にズデンと前のめりに転んだし。



幼馴染のリーチェとは、生まれた時からほとんどいつも一緒だった。そもそも『春』の家系ローズ家と『冬』の家系ソルシィエ家は、代々互いの役割において結びついてきたから。

リーチェの父の花魔法は、僕たち魔道騎士にとって必須の、皮膚や血液の再生を促す “治癒” 魔法だった。


「ヒザをケガしたのね?」

転んで泣いてばかりいるのが恥ずかしくて、僕は顔を伏せたままコクリッと頷いた。腕輪の水泡がシュウゥゥと僕の腕を水浸しにしてるのも恥ずかしかった。


「見せなさいっ!」


小さな手の優しい感触が僕の足をじんわりと温めていく。顔を上げると走ってきたのかな。白い頬を赤く染めて、しゃがみ込んで真剣に僕のヒザの傷を見ている。リーチェが触れてる場所がポワンッと光り痛みがちょっとだけひいた。


顔を上げ心配そうに僕を見つめたリーチェは、「すこしは直ったでしょ?」と眉を下げる。


「リーチェ、ありがと。」


ソルシィエ家の魔道騎士として生まれた者は、幼い時は皆極端に体が弱くなる。あまりにも魔力が強大であるがゆえ、魔力に体力を消耗されるからだ。

僕も物心ついた時から病気がちで、ケガも絶えなかった。


父様はいつも、『肉体が成長すれば、魔力は逆に肉体の強靭さをさらに強めるものへと”反転” する』と口癖のように言ってる。とてもじゃないけど、そんな風には思えないや。


「ケガしたらすぐに私を呼ぶのよ!」

サクランボみたいに可愛らしい口が、僕の目の前にあった。

(本当は僕が、そういう格好いいことをリーチェに言ってみたいな。)


「僕、弱くてごめんね。」


また情けなくなって俯こうとしたら、リーチェがペシッと僕の背中を叩いた。


「メソメソしないっ!」


そしてぴょんっと立ち上がって、胸を張り両手を腰に当て僕を励ますように言った。


「ケガしたんだから、泣いたっていいじゃないっ!でも、自分で自分のこと悪く言って泣くのは許さないわっ!」


あまりの迫力に、「ごめん。」と言って俯きそうになった時、、、


「シエル、こっち見てっ!」


見上げると、リーチェが自分で自分のほっぺを引っ張ったり、むぎゅうっとほっぺをつぶしたり、一生けんめい僕を笑わせようとしていた。これまで会ったことのある女の子たちは、僕らと同じ9才の子どもでさえ、皆すました顔してたのに・・・。


ほっぺにつぶされて目がキツネみたいに細くなったり、ほっぺを引っ張ると唇が紙のように薄くなったり、次々に見たこともない顔をする。


「ふ・・・ふははっ、変な顔。」

(僕を笑わせるためだけに、こんなこと熱心にやるなんてリーチェだけだよ。)

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