第四章 天才魔道騎士の想い

30 魔女の森

「兄ッ・・・!」

「ルアナッ!」


空から降りてくるユニコーンの姿に、誰もが一瞬目を奪われた。銀の粉が星屑のようにヒラヒラと降り、空中で蹄の音など鳴るわけもないのにどこからかパカッパカッと音が響く。



(どうしてここにルアナが?)


ルアナの水晶のような瞳が私をまっすぐに捉え、光をまとった羽を休ませるようにしてスピードを弱めてる。


トスンッとほとんど音もなく地面に降り立ったルアナは、私とテオを守るように自らの体を盾にした。銀の壁が威嚇するように立ち塞がる向こう側には、ズラリと揃った剣を向けるおびただしい数の騎士たち。


(ダメッ、危険なことはしないでっ!)


ルアナに駆け寄り、思わず抱きついた。



「えっ!? きゃあぁああああああああああああああああああああ!!」


ルアナは私が抱きついた途端、カパラッと地面を蹴り、瞬く間に空へと駆け上がっていく。


(落ちるっ!降ろしてーっ!)


突然のことに腕がスルリと解けそうになった時、ルアナの羽が広がり私の身体を馬上へポンッと乗せた。振り落とされないように、ルアナの首に腕をしっかりと絡めるてはいるけれど、、、


心臓がキュッと縮こまり、冷や汗が流れてくる。手でルアナを掴んでるつもりが、ブルブル震えてなかなかうまく掴めない。

(これ、落ちたら死んじゃうっ?)


弓矢が連続で飛んでくるのを、ルアナはあちらこちらへと飛び上がりながら避けていく。私が転がり落ちそうになるたびに、ルアナの羽が私を押さえつけるようにしてガードしてくれた。


ルアナの動きについていくだけで精一杯だったのが、少しずつ視界が開けてきた頃だ。


「ルアナッ、避けて!」


ルアナのお腹めがけて一直線に矢が飛んでくるッ!



(この矢、魔力を纏わせてる。避けきれないかもッ!)

キーーーンッと空気を切り裂くような速さと鋭さで、まるで先の尖った極太の針のようだ。



心臓がヒュッと縮みあやうく体勢を崩しかけた時、飛んできた矢に何かがカキンッと当たった。



(矢が逸れた???)


「テオッ!」

今、弧を描きながら地面へと落下していったのは、テオが投げつけた短刀だ。


「リーチェリアッ!気をつけてっ!」

ユニコーンはさらに空高く羽ばたいていく中、テオの声が遠ざかっていく。


(王子がどんな表情をしているか遠すぎて見えないけど、ずっとこちらを見ているのだけは分かるわ。)



城が豆粒ほどになった頃、ようやく緊張が緩んだ。

(王子には、私を殺す意図は感じられなかった。とりあえずテオは無事だろう。)


ルアナの金の立髪が風に吹かれ、私の頬をくすぐった。


「ルアナ、助けてくれてありがとう。」

ふわふわの毛並みを撫でながら、初めて見る空からの眺めに惹きつけられる。


(本当に宝石箱みたいだわ。)


ミラリアのパステルカラーの街並みが、色とりどりのオモチャみたいに小さく見え、馬車の動きがゼンマイ仕掛けの人形みたいだ。時計台からカーンッと鐘の音が鳴り響いてる。


(どこに向かっているのかしら?? この方角は・・・。)



「魔女の森・・・。」

魔道具の材料となる木や鉱物が採れる森だ。ただ魔獣も出るので、採掘も命懸けの作業になるから余程のことがないと人々は近づかない。



ミラリアの明るい街並みとは対照的に、うっそうと茂った深い森。ルアナは羽を閉じ、ポカラポカラッとゆっくりと地面に近づいていく。美味しそうなアカクリの実がなっている大木の隣に建つ一軒の小屋へと降り立った。


「ここは?」


ルアナが鼻の先で指し示す方向を見ると、使い古された剣や弓だった。


「探索者たちの小屋なのね?」

資源を求めた探索者たちの拠点が、魔女の森のあちこちにあると聞いたことがある。


ルアナは、頷くように上下に顔を揺らした。



ルアナが一度ブワリッと羽を羽ばたかせると、コロンッと、アカクリの熟した実が数個落ちてきた。


(ちょうどお腹が空いてきたかもっ!)


大きな実を2つ手に取ると、甘い香りが漂って余計に空腹を刺激される。


ルアナが鼻でツンツンと入り口の扉を叩くので、金属のフックを外し、ドアを開け中へと入る。


私はガブリッとアカクリの実をかじり、そのままルアナの方へと振り返った。


そしてルアナの首に腕を巻きつけ、ルアナの口元に、自分の口に咥えた実の欠片を近づけてみる。


(ふふっ、やっぱりルアナは照れ屋さんっ!)


水晶のような瞳で私を凝視し、固まっている。

赤い実をそのままルアナの口に押し付けると、最初は頑なに口を閉じていたルアナが、とうとう観念したようにペロッと舌を出して、私の口から実を掠め取った。


「びゃぁっ!くすぐったいわっ!」

熱を持ったルアナの舌が、私の唇を揺らしプルルンと触れた。


(気のせいか、ルアナが真っ赤になってるみたい。)



口に含んだアカクリの実は、ジュワッと溶けて甘酸っぱい爽やかな味が口いっぱいに広がった。


(美味しい~っ!)


小屋は、ベッドが1つ、テーブルと椅子、それに入り口近くに何やらいろんな物が入ってそうな大きな革袋があるだけの簡素な部屋だった。


「さすがに湯浴みできる設備はないわよね?ーーー近くに川でもあれば、一緒に体を洗いっこでもする? あ、でもさすがにルアナが私の体を洗うのは無理よね??? ふふっ!」


(とりあえず今は、着替えてサッパリしたいっ!難しいことは明日考えましょ!)


「ん?どうしたの、ルアナ??」

水晶のような目が大きく開いて、今にも気を失いそうなくらい呆けている。ヨロッヨロッと倒れそうになりながら、入り口から外へ出ようとしている。


(あんなに勇ましかったのに、まさか水が嫌いとか? 無理はさせたくないけど・・・。)


私は後ろからピタッとルアナに抱きついた。耳元に顔を近づけ、「ルアナの体を洗ってあげたいのは本当よ。だって助けてもらったんだもの。」と囁いた。


とうとうルアナはその場にうずくまり、顔を伏せてしまった。

(ルアナにも苦手なものがあったのね!)


 




苦手・・・私もまたあの不吉な夢を見たらヤダな。

モフモフしたルアナの背中を撫でながら、お願いをしてみる。




「ねえ、ルアナっ、今晩は心細いから一緒に寝てくれる???」

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