29 信じる者のために
「リーチェを捕えよ。」
王子の言葉に、剣を向けた騎士がいっせいに私とテオの周りをグルッと取り囲んだ。かなりの数の騎士たちが、ジリジリと距離を詰めてくる。
「傷をつけるな。」
ピシャッと騎士たちに向け言葉が放たれる。金髪に混じりこんだ燃えるような赤毛のシルエットだけが、この広間で唯一落ち着き払っていた。
ほんの束の間の静寂の後、騎士の中の1人が一気に加速し私の喉元に向かって剣の切先を突き刺してくるッ!
キンッ!!
直前でテオが、左手の短刀で相手の剣を上に弾く。すかさず相手の間合いに入り込み、ドスンッと右肘を胸に打ち込んだ。
(たった今、無傷で捕まえろって言われてたわよね???)
私を殺す気で来てる???
「勝手をするな。お前、どこの所属だ? 」
王子が私に切りつけてきた兵に向け怒鳴る。
「ノワール様をお護りするため、モーヴェ家より来ています。」
よく見ると、城の騎士が着る団服と微妙に異なっていた。似せてはいるけれど、マントにミラリア国の紋章もなければ、手に持つ剣のデザインも違う。
「オレは傷をつけるなと言ったはずだが。」
王子の凍るような声が、騎士たちの動きを止める。
「ノワール様を危険に晒す者は、全て殺して構わないと命を受けております。」
モーヴェ家から来た男は、頭こそ王子に下げてはいるものの、悪びれもせず『王子の命は受けない。』と宣言した。
「ノワール、お前の私兵たちに、私の庭を荒らすなと命じなさい。」
「無理だよ~。この人たち、養父様の言うことしか聞かないもんっ!」
ノワール様の養父は、子爵家でありながら大変な野心家らしい。ノワール様を養女に迎えたのも、妃候補へと強引に勧め陰で国を支配する野心の現れとも聞く。
王子は『フーッ』と大きく息を吐き出した後、こんな時なのに乱れた頭を撫でつけ整えている。そしてスッと伸びた背筋で威厳のある声を張り上げた。
「わが騎士よ、モーヴェ家の私兵より先に一刻も早くリーチェを無傷で捕えよ。」
王子の合図とともに、次々と騎士たちが飛びかかってくる。それに紛れて、モーヴェ家の私兵らが私を殺しにくる。
「テオドールッ、逃げてっ!」
(テオまで巻き込むわけにはいかないっ!)
テオはビュンッと勢いよく飛んでくる弓を短刀で次々と叩き落とし、もう片方の手に持つ短刀では払い除けて弓の進路をずらす。同時に、切りかかってくる騎士たちを素早く避けながら蹴りでも倒していく。
(強いっ! )
「リーチェリアが先に逃げてよッ!」
確かに今は、話を聞いてくれる雰囲気でもない。一度逃げて、体制を立て直す必要があるかも。その前に・・・。
「このドレス、重いッ!」
剣の腕はなくても身軽さだけは自信があった。なのに、ドレスを引きずっては思うように身動きできないじゃないっ!
明らかに私を殺すために切り掛かってくる男の目に、ハイヒールの踵を投げつけた。
グッ
ほんの少し怯んだ隙に、もう片方のハイヒールを履いた足で思い切り蹴ったのは男の大事な部分・・・。
グガッァッァッ!!!
(父上に教えてもらった護身術が、こんなところで役に立つなんてっ!)
「は?めちゃ痛そう・・・。」
テオが一瞬顔をしかめて、ポソッと呟く。
「テオドールッ、よそ見しないでっ!」
5人ほどの兵が一斉に弓を構えた。時間差で次々に矢を射ようとこちらに狙いを定めているッ!
(テオも十分強いけど息が辛そうだ。やっぱりまだ体力が十分に回復していないのね。)
『ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!』
(白い霧!! )
テオの指笛で私たちの周りを渦巻くように取り囲んでる??
1人また1人と、武器を持った騎士たちの姿が霧に取り込まれていく。
『うわっ』
『バカッ、味方を斬る気か!』
『何も見えないぞッ!』
「今の内にっ!」
テオの華奢な白い腕が伸びてきてパシッと私の手を取った。焦茶色の瞳がうごめく霧の中で唯一、ひときわ明るいポイントを見据えている。先ほどまで風に揺れていた水色の髪は、今はしっとりと湿り気を帯び動きをなくしたように、一切の気配を消した。
(騎士たちの陣形の穴、あそこを一点突破する気ね。)
テオがクイッと私の手を引っ張り、今にもとび出そうとした時、真っ白な景色が一変した!!
青く冷たい炎が、ジリジリと霧を溶かすように広がっていく。
(この炎は!?)
「ごめんね、君に恨みはないけど、リーチェは私が責任を持って面倒みよう。」
『ローラン王子ッ!』
テオと私の視線が一点に惹きつけられた。
剣も何も持っていない。タキシードの上着を脱いでシャツ1枚のラフな姿で、口調だって静かなのになぜか威圧感を感じる。
「僕の手を離さないでっ。」
ぎゅうっと、テオの手が私の手を強く握りしめた。
「テオドール、もう十分だよ。これ以上、巻き込みたくない。」
「僕が信じているのは兄様だ。」
「うん。」
「そして、兄様が心から守りたいと思ってるあんたのことも。」
「え?」
(シエルが私のことを守りたい??? まさか・・・。)
王子がゆっくりとこちらに歩いてくる。途中で騎士の1人から剣を受け取り、エメラルドグリーンの瞳をまっすぐとこちらに向けて。
テオが腰を低く屈め、今にも王子へ向かい剣で斬りかかろうかというその時!?
『は?』
空から銀の粉を振り撒き現れたのは目も疑うようなほどに美しい一頭のユニコーン・・・。
「兄・・・ッ!」
「ルアナっ!」
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