28 絶対絶命!?
「あんたもいい女だよな。あんたが代わりに相手になってくれたらその女解放してやるぜ。」
ザワザワする感覚にブルッと肩を揺らした時、男の腕がスコンッと外れ目の前を水色の髪が視界を塞いだ。
「テオッ!」
「あんた、ほんっと何にでもクビ突っ込むんだからっ!少しは大人しくしててよね。」
「ごめん、でも彼女を放っておけない。」
「奇遇だね。あんたと初めて意見が一致した気がする。」
テオは男を睨んだまま、騎士の白いマントを外し私に後ろ手で押し付ける。私はすぐに女性の肩をマントで包んだ。
「なんだ、坊や? ここは坊やのくるところじゃねえぞ。」
酒に酔った男が、華奢なテオの胸ぐらを掴み掛かろうと腕を伸ばした時だった。
「テオッ!危な・・・!?」
リリリリンッと赤いルビーのカケラがテオの耳元で鳴った。白くて細い腕があっという間に男の腕に伸ばされ、男が苦痛に満ちた表情で呻いた。まるで俊敏な小動物がすばしっこい動きを見せるかのように、テオは蹴りを繰り出し男の足をはらった。
ドスンッ!!
地面に不恰好な体勢で尻餅をつかされた男は、一瞬のことで訳も分からない。「なッ・・・。」転ばされた男は、酔いが覚めたように目をパチクリさせて口をポカンッと開けている。
「ごめん、足が滑ったみたいだ。」
テオのバカにしたような冷たい声に、ハッと正気を取り戻し男は立ち上がる。
テオの体が隠れてしまうほど体格の良い男が、「このヤロウがッ!」と怒鳴りながら拳で殴り掛かってきた。
「そこまでにしてもらおう。」
突然、冷静で落ち着いた声が割って入った。酔った男はテオに攻撃を避けられ、空振りした拍子に地面に倒れていた。
「ローラン王子ッ!」
普段のカッチリとした雰囲気とは全く違う。黒のタキシードの上着を脱いでシャツ姿のラフな格好だ。王子は緑碧の鋭い眼差しを男に向け有無を言わせぬ圧をかけた。
「伯爵、独身だからとあんまり下品な火遊びを繰り返してると、私も君に何らかの罰を与えなければならなくなるのだが。」
「ッ誤解です。ちょっとした行き違いがあっただけで・・・。」
伯爵と呼ばれた男は、さっきまでの乱暴な態度を急変させ下衆な笑みを浮かべてヘコヘコしていた。
(ローラン王子は、仕事には厳しいし容赦ないものね。)
「こう言ってるし、放っておきなよ~。」
ノワール様はまったく興味なさそうに、ローラン王子のシャツを引っ張っている。
その時だった。
「ローラン王子、大変ですッ!」
顔面蒼白の顔で、息を切らして駆け込む騎士が1人。
「どうした?」
「スパルナのヒナが、殺されて神殿の外に投げ捨てられています。」
「スパルナのヒナが?」
「はい、おそらく昨晩から放置されてたようで、茂みに隠すように置かれてました。」
王子の問いに、騎士が報告する。
(ヒナが!? 城の庭で出会ったヒナかもしれないっ!)
「これが企みか?」
ポソッと独り言を言った王子は、ピリッとした気配で何かを真剣に考えていた。言葉をかけるのは躊躇われるほど。
王子は顔を上げ、「今行こう。」と騎士の案内する神殿の裏門方向へと早足で歩いていく。
「待って~、私も行く~!!」
魔獣など全く興味なさそうなノワール様が、重いドレスを引きずり王子の後を追いかけていった。
(神殿で魔獣の死体が見つかるなんて、こんな事今までなかったのに。)
近くにいた使用人に「彼女を頼むわ。」と助けた女性を預け、すぐに王子らの後を追い走る。
広間からそれほど離れていない場所に、スパルナのヒナは羽をむしり取られた姿で、血を吐いて横たわっていた。茂みから引き摺り出されたのか、血の跡がついていてピクリとも動かない。
「ひどい・・・!! やっぱりあの時のヒナだ!」
私たちを襲ったツガイは、きっとヒナが殺されたから怒り狂って我を失っていたのだわ。
「知ってるの?」
テオの声が耳元で聞こえた。ヒナのことで頭がいっぱいで、テオがついてきてくれたことに気づかなかった。
「うん、城の庭で一度会ったことあるわ。一緒にアーモンドスイーツを食べたの。」
(でも、変わり果てた姿になっている。)
私の言葉にテオが頷く。
(でも瘴気は???)
王子は、ヒナのそばにしゃがみ込み死体を検証してるようだ。
「ひどいな。貴重な飾り羽は全て狩られている。」
七色の羽と頭の真っ白な飾りの全てが、狩られた後だった。あれだけ綺麗な羽なら、貴族の屋敷一棟分くらいの金銭的価値がありそうだ。
「密猟者ですね。」
騎士が、ヒナの死体を鉄の鎖でグルグル巻きにしながら答える。
「ああ、魔毒で殺されてる。」
死体を見ていた王子が、ヒナのクチバシの色の変色を指で指し示す。言われないと分からないぐらいの微かな変色だ。他にも王子は、ヒナが毒殺された時のおおよその日時などを見ただけで特定していく。
「それにしても不思議ですね。瘴気が全然発生してません。」
騎士が首を捻るとおり、通常は魔獣の死体とともに一気に発生する瘴気が一切見当たらない。
王子は心当たりがあるのか、しばらく無言でヒナの様子を観察していた。
「ねぇ、ローラン王子〜、ヒナの首元にハンカチとお菓子が落ちているよ〜。」
ノワール様は、以前私がヒナの首に巻いた白のハンカチとスイーツを指差した。ちょうどそこはヒナの体に押しつぶされ死角になる場所。
「それはわた・・・。」
「このハンカチ、ローズ家の家紋じゃないの!」
私の声を途中で遮って、ノワール様がハンカチの家紋をめざとく見つける。
「はい、確かにそれは私のハンカチです。」
別に隠すことでもないし、私は堂々と王子らの前で証言した。
「リーチェ?」
王子が、ハンカチと私を見比べる。
「城の庭でこの子と偶然会い、ただ一緒に、アーモンドスイーツを食べただけです。」
「ね~王子! 見てよ~!! 」
ノワール様が指差す先を見て、驚きで言葉を失う。
地面に落ちて粉々になっていたアーモンドスイーツを食べたアリが痙攣を起こし、しばらく経つと動かなくなっていた。
「やだ~、このお菓子、魔毒が入ってる!!」
「は?そんなはずは・・・。」
(あり得ないっ。惚れ薬のこともそうだけど、私の知らないところで何かが起こっている。)
「早く〜! リーチェリアを捕らえて〜! 」
ノワール様のキンキン声が、現実のようには思えない。正常な思考回路が働かないっ。少しの間、呆けて立ち尽くしていたのだろう。
あっという間に、剣を構えた騎士たちに周りを取り囲まれてしまった。
「待ってください。きちんと彼女の話を聞いてあげてください!」
テオが私を庇うように、腕を広げて私の前に立つ。
騎士たちとともに魔獣の死体を検分していた王子が立ち上がり片手を上げると、視線が一手に集まった。そしてよく通る声で一言だけ言い放った。
「リーチェを捕えよ。」
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