13 スクリーンは映しだす
「リーチェリア様! シエル様が迎えにいらっしゃいましたよ!」
ドアを開けた途端、笑顔のマリアが弾んだ声をだした。
(シエルって外面はいいから、マリアが私のために喜んでくれるのは分かるけど。ちょっとこれは絆されすぎじゃないかしら???)
シエルがたった今持ってきた空色のバラの花束を手に、ホクホクした顔で、花瓶に活けるマリアを見る。
「マリア! シエルに今行くと伝えてちょーだい!」
(外堀から埋められてる気がする・・・。まずいわっ! 何としても今日、シエルの両親から、結婚撤回の言葉を引き出さなければっ!)
私はチェックリストの項目を頭に叩き込むようにメモを見た。
(大丈夫、大丈夫。私は残念令嬢・・・。)
心の中で何度も唱え、階下へと降りていく。シエルの両親に挨拶と言っても、なんだかんだで毎週のように会っている。だからワンピースで十分と言ったのに、マリアが譲らず、ごくシンプルなタイプのドレスを着せられてしまった。
(装飾がほとんどない分、肌を美しく見せるデザインなど随所に工夫が凝らされている。色もシックな紫だから、私には随分大人っぽいような気がするんだけれど。)
「シエル、おまたせ!」
「・・・。」
紫水晶の瞳が私の姿を捉えた途端、頬がうっすら染まり、動きが固まった。
「どうしたの?」
ズイッと顔を覗き込んで尋ねると、銀の髪が肩から流れてサラサラと落ちた。
シエルは一瞬動揺し息をのみこみ、長いまつ毛を伏せ視線を逸らすと「馬子にも衣装じゃん。」と素っ気ない。
「は? 何よ、その言い方ッ!こう見えても、一応、出るとこは少~しはちゃんとでてるんですからね!! 」
「知ってる。」
「えっ?」
「いや、何でもねぇ・・・。行くぞ。」
(知ってるって何よっ!)
「スケベッ!エッチッ!アンポンタンッ!シエルッ! 待ちなさいっ!」
スタスタと歩き出すシエルの後を追いかける。長い足でどんどん先に行くのかと思いきや、急にピタリと立ち止まるシエルの背中にポスンッとおでこがぶつかった。
「ちょっ、危ないじゃない!」
拳でパスパスッとシエルの背中を叩く。
「寄越せ。歩きづれぇならエスコートしてやろうか?」
クルリッと振り返ると、耳飾りが軽快な音を立てた。陽に当たり煌めくターコイズの腕輪をした手が伸びてきて、私が持っていたバスケットをひょいと持ち上げる。中には、今日のために用意してきたたっぷりのスイーツ。白のパリッとしたシャツを着たシエルは、普段より紳士な雰囲気だ。
「ありがとう。でも、エスコートは結構よ。」
『馬車を出す』と言うシエルの申し出は断った。
『近いから、店を見ながら歩いて行きたい』と言うのは建前で、本当は広場のスクリーンに何が映っているかを確かめたかった。
毎日違う映像が流れているが、全て異世界『日本』の映像。街の人だけでなく、王子さえそれが何かを分からず、今ではただ騎士たちが監視するだけになっている。
ーーー日本のことを知っているのは私だけのはず。なぜこのミラリアの街で、日本の映像が流されているのかしら?
(いったい、何が起こってるの?ここは本当にゲームの世界なの?)
広場に来ると、かなり多くの人が集まっていた。
いつもならシエルが姿を見せると、人々の注目がいっきにこちらへ集まるけれど、今日はそれほどでもない。
皆、空中に浮かぶスクリーンに釘付けだった。
画面には、イケメンでモテモテの主人公と金持ちご令嬢の結婚披露宴のシーン。海辺の白亜の建物の中で、盛大なパーティーが催され、主役の2人と招待客の幸せそうな顔が次々と映し出される。
貴族にとっては、他国のパーティーかなどと思い、庶民たちにとってはこれまで見たこともない華やかな世界に憧れを募らす。
「キレイね~。」
「楽しそうだわ!」
「変わったドレスね。」
「あれは、どこの国なんだ?」
(わりと今日は、ほのぼのした雰囲気だわ。)
私は心の中でホッと息をつく。シエルも珍しそうに映像を食い入るように見つめている。
見ていると映像が切り替わり、そこでは先ほどのイケメン主人公が、若くて可愛い会社の後輩OLに猛アタックしていた。
「何よ、あの男ッ!節操なさすぎるわ!」
「さっきの女性はどうしたのよッ!」
「オイ、誰かあの女性に知らせてやれ!」
「あの男、説得した方が早いだろッ!」
ホッとしたのもつかの間、途端に場がガヤガヤと険悪な雰囲気になってきた。
ーーーみなさ~ん、ソレただのお節介ですよ~! この昼メロはただの作りもので、男女のドロドロがセールスポイントなんですよ~!
口に出して言えないので、とりあえず心の中で叫んでみる。
テレビという概念がないこの国では、画面の向こうの世界は、今まさにどこかで誰かが、”実際に経験している現実” に他ならない。
ドラマの結末では、結局イケメン主人公が浮気相手に興味をなくしたと言うところで、来週へ続く、となっていた。なぜなら、猛アタックしていた浮気相手が自分に振り向いたから。
先ほどまで怒り心頭だった広場に集まった人々も、結末には一応納得したようだ。
私は隣に立つシエルをチラリと見る。
(女性に不自由しない男は、”追われれば逃げる” 。この展開は使えるかもしれないっ!)
シエルは少年時代から、顔も良く魔法騎士として抜きん出た才能を持っていたから、とにかくモテた。でも私が見る限り、どんなに美人の令嬢に言い寄られても、それら全てをうまくかわしてきた。
ーーーシエルが今、聖女のノワール様に恋焦がれているのは知ってるけれど、仮にも今の私はシエルの結婚相手。私がシエルに迫れば、モテモテのシエルは『またか』と言う感じで、嫌がるんじゃないかしら?
もしチェックリスト作戦が万が一失敗に終わったら、次は『色仕掛け作戦』を仕掛けてみましょ。
頭の中で作戦を練っていたら、またもや画面が切り替わった。
血を流し倒れてるゾウの姿。
「何だ、アレは?」
「誰が倒した?」
「魔獣か?」
この国ではゾウはいないけど、さまざまな種類の魔獣がいるから、皆そのようなものかと検討をつけたらしい。
ところが次の映像を見た途端、人々は顔色を変える。
ゾウの牙を切り、ゾウをそのままに牙だけを持ち去る人々。
「希少獣かもしれん!」
「あいつら捕らえて吐かせろ!」
「だが、手しか映ってないぞ!」
この国では、希少獣の毛皮や牙などを持ち去る密猟は重犯罪だ。だが肝心なことに、映像には、密猟者の手袋をした手しか映ってはいなかった。
ほのぼのニュースばかりかと思ってたら、こう言うことまで流れるのね。ーーーそう言えば、ローラン王子も、最近わが国で、密猟が増えてきたと言っていたけれど、何か関係があるのかしら。
釈然としない気持ちのまま、私はシエルに促され、広場を後にした。
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