12 兄弟
一頭の美しいユニコーンがバルコニーにいた。夜明け前の薄暗いひと時、その影は妖しく美しい光を帯びる。
突如ユニコーンはバルコニーの床を蹴り、空中へと高く跳ねた。まるでそこに地面があるかのように、対角線上の足をペアにして、ほぼ同時に地面を蹴り、着地する。その姿が空の彼方へと消えていくかと思われた頃に、幅が3mはあろうかと思われる翼を広げ、銀の光が舞い落ちた。
翼を広げた影は、上昇気流に乗り、旋回しながらさらに高く舞い上がる。風をとらえ、翼を一度だけ羽ばたかせると、あとはその翼を広げたまま直線上に遠くへと去ってしまった。
バルコニーには、飛び去るユニコーンを見送る長い髪を風にたなびかせた1人の女性。ユニコーンの落とした銀の粉を頭に被ったのかと思われるほどの、煌めくばかりの銀髪。その横顔には、薔薇色の頬と長いまつ毛が見え隠れし、彼女の可憐な雰囲気を際立たせていた。
数刻後、一軒の大きな屋敷のバルコニーに、翼を折りたたんだユニコーンが降り立つ。
眩い光を体から発し、眩しさでその影さえ捉えきれなくなった時、そこには1人の長身の美しい若者がいた。そしてその若者へと近づくもう1人の小さな人影。
「兄様、またあの女のところへ行っていたんですか?」
肩まで伸びた水色の髪を1つに束ね、真っ白な寝巻きを着た少年が、刺々しい声を発した。
「テオか? ああ。起き上がって大丈夫なのか? 」
アーモンド型の透き通った紫水晶の瞳が、少年の姿を捉える。
「今日は体調が良い方ですから。兄様、あの女と結婚したと聞きましたが本当なんですか?」
焦茶色の目でキッと眉を吊り上げ、睨みつける。だがあどけなさの残る顔では、怒ってると言うより兄を取られて拗ねてるようにしか見えない。
「親父に聞いたのか? ったく、口が軽ぃんだから。」
兄様と呼ばれた端正な顔立ちの若者は、シャリンシャリンと両耳を飾るターコイズの飾りを揺らしながら、椅子に腰掛けた。そして長い足を組み、目の前の怒りをあらわにする少年を優しい眼差しで見る。
少年は、白く小さな手をギュッと握りしめ、かすかに震えた声を張り上げた。今にも大きな目から涙がこぼれ落ちそうだ。
「ローラン王子から婚約破棄されたあの女を、兄様がどうしてもと言い張り、結婚をしたと聞きました。いったいどうしてそんなことをなさるのですッ!!!」
ーーー無理すンなって、今すぐ体を休ませてやりてぇ。でも甘やかしてばかりいると、こいつのためにならねぇしな。
伸ばしかけた手を、膝の上に戻す。
「テオ、いやテオドール、ぜってぇ、リーチェには言うなよ。オレから結婚を望んだなんて知ったら、遠慮しちまうに決まってんだから。」
ーーーリーチェの両親は、王子から婚約破棄されたことに引け目を感じてたしな。
「遠慮して当然です。何なら断ってくれても構わないのに。シエル兄様ならもっと良い方を見つけられます! どうしてよりによって”残念令嬢”と結婚したのですか!?」
ーーー誰だ? テオに変なこと吹き込んだ奴は?? テオは優しいが、素直すぎて何でも信じ込ンじまうのが玉にキズだな。
「テオは体が弱くてずっと田舎で静養してたから、リーチェと直接話したことはねぇだろ? せっかくここまで体調が良くなったんだ。これからはリーチェと会う機会もあるさ。」
興奮して赤みが差したテオの頬に手を添える。以前は虚弱で真っ白だった。ずっと寝ないで待っててくれたのか、クリッとした丸い目の下にうっすらとクマができてる。
「会っても会わなくても、とにかく僕は、兄様とあの女の結婚には絶対反対ですからっ!!」
テオには珍しく、声を荒げそれだけ言うと、踵をかえしドアをバタンッと閉めていってしまった。
「昔っから、オレを盲目的に慕いすぎンだよ。好きな女性でもできれば、兄離れすっかな。」
そうこぼした時に、つい思い出してしまった。
好きな女性・・・。
ーーーテオも反対。そしてなぜかリーチェもオレとの結婚を撤回しようとしてた。しかも何だ? あのチェックリスト・・・。”大声で叫ぶ” とか、”セカセカ忙しなく動き回る” とか、リーチェなら、半分ぐれぇは普段から素でやってるだろ?
クスッと笑いが漏れる。
そうして一度思い出してしまうと、次から次へと要らぬことまで思い出しちまった。
頭を抱えてその場にしゃがみ込む。魔道騎士の腕輪からターコイズの水泡が吹き出してたが気にする余裕もなくなる。耳も顔もぶわりっと熱を持ったように熱くなり、今さらながらに鼓動が早鐘を打つ。思い出さねぇようにしてたのに・・・。
(いきなり着替え出すんだもンな。)
あン時、頭が一瞬真っ白になって、逃げ出すタイミングを失っちまった。カーテンで頭を隠し、せめて見ないようにしてたのに、いきなりリーチェが肌も露わな下着姿で抱きついてきた。
リーチェは、オレに抱きついてるなんて、ンな意識はカケラもねぇだろうが、オレは違う。柔らかな胸の膨らみや、甘い香りを意識しちまえば、その女性らしい感触に頭が茹だった。
人の姿でいる時は、オレの裸を見ても、顔色一つ変えねぇリーチェが、ユニコーンの姿でいる時は優しい笑みを向け触れてくる。
「ずりぃ。」
薄暗い部屋の中で向き合った時、リーチェは薄い布一枚だけしか身につけていなかった。
(あんなに可愛いくて色っぽいって、反則だろ?!)
リーチェの白い肌にもっと触れてみたい、
滑らかな腰の曲線、柔らかそうな胸の谷間をこの腕で抱きしめたい、
赤く色づいたぽってりとした唇を奪いたい、
あの甘い声がどんな風に鳴くのか聞いてみたい・・・。
頭で振り払っても振り払っても、リーチェの言動の一つ一つが邪な想像力を刺激する。
(これじゃオレ、まるで変態みてぇじゃねぇか。)
オレは頭をブンブンッと振り、グラスに注がれた水を喉に流し込む。冷たい水が幾分茹だった頭を冷やしてくれた。
《誓ったはずだ!! 忘れるな、本来の目的を。》
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