第二章 シエルとの結婚撤回に全力を尽くします

10 ルアナ

「うふふふっ、くすぐったいっ!」


夢うつつの中、頬にフサフサの毛が触れる感触でぼんやりと目が覚めてきた。(あれ、ルアナがたくさん????)


ペロッ


「きゃあっ!」


耳を思い切り舐められ、はっきりと目が覚めた。



「ルアナ!!」



「あれ?? そか、昨日私、シエルの前で倒れたんだったわ。心配して来てくれたの?」


コクンッと頷いたように見えた。



「ありがとっ!身体はこの通り、元気なのよ。」


ベッドの上で上半身だけ起こし、ルアナに向かい微笑む。


「でも、いろいろとショックなことがあって・・・。」


(王子に婚約破棄されて倒れ、シエルとの結婚を知りまた倒れてしまった。)


私は日本で生きていた前々世をはっきりと思い出していた。


『ほら、今日はイチゴのショートケーキよ。』

私がまだ小学生だった時、学校でイヤな事があり落ち込んでたりすると、いつも母は甘いお菓子を買って来てくれた。


(いつか、こんな心が元気になるようなお菓子を自分で作ってみたいな。)


でも実際に、パティシエ見習いになれても、朝から夜遅くまで、販売ばかり。スイーツを作りはほとんど出来なかった。自宅に帰れば帰ったで、唯一の趣味の”時代劇” のドラマを見ながら疲れてそのまま寝てしまう毎日。


そんな私は、日本で佐藤かすみとして生き、24才の時、交通事故でパティシエ見習いのまま死んだ。プロになりたいという夢の志半ばで。


(でも、心に宿った想いだけは、今もこの胸の中にはっきりと残ってる!!)




ベッドから起き上がり、全身を鏡に映してみる。絹のような腰まで伸びた銀の髪、二重のパッチリとしたマゼンタの瞳。侍女のマリアは『綺麗です。』と褒めてくれるけど、自分では少し吊り目がコンプレックスだ。でも、手足も長く華奢で、スラリとした身体、全体として見るとなかなかの美少女だ。



(やっぱり私、ゲームの中の悪役令嬢に転生しちゃってた。)



ルアナが隣で、心配そうに私を見ている。

「ルアナ、おいでっ!」


腰をかがめて、長い首に腕を巻きつけ、ぎゅうっと抱きしめた。


「はぁ~可愛い~。ーーーんっ? どうしたの?」


急にルアナの体温が上がり熱を持った。ルアナの顔が私の胸に押しつぶされて苦しいのかも。


腕の力を緩めて顔を覗き込む。

(本当に綺麗な目・・・。)


ルアナは、ビオーチェの丘で、1人でお手製ゼリーを食べてた時に現れたユニコーンだ。試しにゼリーをあげたら美味しそうに食べてくれた。ユニコーンは、この国では希少獣で、本来は国へ報告義務がある。


(でも、私が報告してしまうと、ルアナは狭い檻の中で一生を過ごさなければならなくなってしまう。)



「嫌だわ、そんなの・・・。」


銀色に光る毛並みに、美しい翼と、まるで水晶のような角。



「せっかくこんなに美しい翼がついてるんだもの。この翼で、行きたいところに自由に行っていいのよ。」


ルアナのフワフワした毛を優しく撫でながら、話しかけた。気持ち良さそうに目を瞑り、抵抗する様子もなく、なすがままにされている。




「ねえ、ルアナ、ーーーー私ね、決めたの! シエルとの結婚を何としても撤回するわ!!」



ゲームのシナリオ通り契約結婚してしまったシエルと、何としても別れる!! 殺される結末だけは回避したい。シエルが犯人かもしれないもの!

昨日の今日だから、両家の間で合意しただけで、多分まだ正式な書類は城に提出されていないはず。

(今シエルに私を殺す様子がなくても、シナリオ通り進めば何が起こるか分からない。)



私が宣言すると、ルアナはパチッと瞼を開け、私の折り曲げたヒザの上に前足を載せ、悲しそうな目をした。そしてまるで嫌がるように首を振る。


「ルアナは反対? でもね、個人的な好き嫌いとか、そう言うんじゃないの。私はただ、人を笑顔にするようなスイーツを、誰にも邪魔されずに思う存分作り続けたい、それだけなのよ。」



(そうだっ、いい事思いついた!)



上質な肌触りのお気に入りの水色のネグリジェのボタンを、1つづつ外し始める。

(ドレスは無理でも、ワンピースなら1人で着替えられるし!)


私の言葉に傷ついたように首を垂らしていたルアナが、私の着替えをみて、突然慌て始めた。足を忙しなく動かし、部屋の中をウロウロし始める。しまいにはカーテンで自分の顔を隠そうとして落ち着きがなくなる。



「どうしたの、ルアナ? 隠れんぼ??」


薄いシュミーズ一枚の裸に近い姿のまま、カーテンの中に顔を隠し、所在なさげにしているルアナの元へ行った。お腹のところに手を置くと、ビクッとしてますますカーテンの奥へと姿を隠そうとする。



「もしかして恥ずかしいとか? まさかよね。何かあった? こっちを向いて。」





私はルアナのお腹にピタリと張り付き、腕全体で抱き抱えるように、ルアナを部屋の方へと誘導する。


ルアナはギュッと緊張で固まったように、身動きもせず、されるがままだ。


カーテンを締め切った薄暗い部屋の中で、私とルアナは面と向かい合う。


ルアナの視線が定まらず、私と目が合うとプイッと逸らしてしまう。


(やっぱり照れてる?)



「照れ屋なルアナも大好き!」


私は照れてるルアナの頭をそっと抱きしめるようにして、水晶のような輝きを持つその角を撫でる。


露出された肩や胸元の肌に、ルアナの立髪があたりくすぐったくて笑ってしまう。頬をピタリとルアナの体にくっつけると、ルアナの心臓の音がバクバクと聞こえて来て、熱まで伝わってきた。



(ふふっ、人間の女性に緊張するなんて、おませなユニコーンね。)

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