9 こうして私はここがゲームの世界であることを思い出した

誰が、惚れ薬混ぜ込んだって??? 何を言ってるの!そんなバカげたことをするわけがないじゃないっ!今日持って来たアーモンドスイーツだって、ただの体力回復の効能しかないのに!! そもそも、人の心を操れる魔法など私が使えるわけがないじゃないの!!




それにこの声は、、、考えたくないけれど、先ほど会ったばかりのノワール様だ。どうして?? 一緒に話してる時は、そんな事一言も言ってなかった。


「リーチェリアは、今も城の泉の前で、シエル様と何やら親しげに話してたんだよ~! 私が行った時もちょうど抱き合ってたし~!! 噂でね、『天才魔道騎士に、夜を捧げて断られた残念令嬢』なんて言われてるんだから~! ローラン王子がいるのに、他の男性に言い寄るなんて妃にはふさわしくないよ~!!」


ふぇええええぇええええええええええええええええええええっ!!!!



抱き合ってなんかいないし! しかも夜を捧げる??? 私がシエルのところへ押しかけて、身体を捧げようとしたってことじゃないの!!! あり得ない、アリエナイッ、どこをどうしたらそんな話になってるの!?



「まさか、、、、あの2人は幼馴染だから、仲が良いだけだろう。」


「ローラン王子、甘いよ~!! 女だから分かることもあるんだからッ。シエル様はすっごく嫌がっていたのに、リーチェリアがしつこく迫っていたし!そもそも花魔法でスイーツなんて、けがらわしい~!!」



「そうか・・・。趣味について私からとやかく言いたくはないが、だが、王族を陥れようとした件については見過ごすことはできない。ノワール、教えてくれてありがとう。」



「そんなぁ~、ローラン王子のためなら当然です~~!!ーーーそろそろリーチェリアが来るから、私は先に出るねー! ローラン王子、これは王子のためだけじゃなくて、この国の民のためなんだからね!!」



「ああ・・・。」



コツコツと近づいてくるハイヒールの音に、思わず近くの柱の影に身を隠した。扉が開き、ギーッと閉まる音、、、遠ざかる足音、、、消えていく音の波の中で、自分の心臓だけがバクバクと大きな音を立てていった。



ーーーノワール様??? 私の知るノワール様とは全くの別人のようだった。私やシエルの前ではいつもニコニコ笑っていて、あんな事を思っていたなんて億尾にもださなかった。すべて事実無根で言いがかりもいいところだけれど、無実を証明する手立てが私にはない。



どうしよう・・・。このまま帰る? そんな事しても事態は悪化するだけよね。とりあえずローラン王子に会い、きちんと話をしてみよう。きっと分かってくれるはず!!


忙しなく鳴る胸を押さえつけるように何度か深呼吸をする。ゴクリッと緊張で喉を鳴らしながら、トントンッと扉を叩く。



「誰?」


「リーチェリアです。」


「リーチェ? どうぞ。」


扉を開けて中へ入ると、王子は難しそうな顔をして、机の上の書類に目を通しているところだった。チリ一つない整頓された書物が並ぶ書棚に囲まれ、テキパキ仕事を処理する姿は、王子の頭の回転の速さを反映しているようだ。スッキリと整えられた赤毛まじりの金髪から覗く、エメラルドグリーンの瞳でこちらをチラッとだけ見て、また書類へと視線を戻す。部屋の中は、ネットリとした濃厚な紅茶の香りで充満していた。



ーーー以前は満面の笑みで出迎えてくれた。いつからこんな素っ気なくなったの?? それにこれは何の紅茶なのだろう。苦手な香りだわ。


むせかえるような匂いに、思わず顔を背けると、、、。




!?



今朝、ノワール様にあげた小袋のクッキーが、ゴミ箱の中にぐちゃぐちゃにされて捨てられていたッ。しかも王子から死角になる位置で捨ててるなんて、これは狙ってやったとしか思えない。


「なっ・・・。」


ひどいッ!クッキーのために使われた花たちの想いを踏みにじるなんて。胸の痛みに身体が強張るのが分かる。ノワール様は、私が王子の部屋にやってくることを知ってて、わざとゴミ箱に捨てたんだわ。


「どうした?」



「ローラン王子、話があります。」



「ちょうど良かった。私もだ。ーーー先ほど淹れてもらった紅茶がポットにあるから、飲むといい。」



私はまだ熱い紅茶をカップに注ぎ、テーブルにコトンっと置いた。いつものように執務室の部屋の窓を見渡せるソファに腰掛け、一口紅茶を口に含む。



ーーー変な味。不味いわけじゃないけど、これ本当に紅茶???




「王子、今朝焼いてきた菓子です。オレンジの花蜜を使ってるので、体力回復に良いんです。」


「・・・。」


「ローラン王子?」


「すまない、リーチェ。これは受け取る事ができない。」


「王子ッ!! 違いますッ!! 一度食べていただければ分かりますッ!」


「リーチェッ! 」

ダンッと拳で机を叩いた。いつも温厚なローラン王子が、こんなに声を荒げるのは珍しかった。


「君が作ったものは、今後一切口にすることはない。それと、君との婚約は今日限りで解消する。後ほど、正式に手続きのため君の屋敷へ遣いのものをやろう。」


「ローラン王子、話を聞いてくださ・・・!?」



何??? おかしい。頭がグラグラして、目眩がする。


カシャンッ


手に力が入らない。テーブルに手をついた拍子に、カップが床へと落ちていく。


「リーチェ??」



誰? 黒髪の地味な女性。見慣れない世界。何をしてるの? 初めて見る景色、、いえ、私はこの景色を知っている?



(この女性は、、、、私?)





断片的な情報の洪水が頭の中へ押し寄せたかと思うと、そのまま私は、王子の目の前で気を失ってしまったのだった。

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